アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
七夕 その4
-
昼休みの校内には蝉の声が響いている。
裏山では大量の蝉が羽化を始めたのだろう。
飛んできた蝉は校舎の白い壁に張り付き、夏の到来を告げる。
それに負けじと生徒達の声も響く。
昼休みというのはなぜこんなにもテンションが上がるのか。
午前の授業を乗り越えた開放感からか。
それとも空腹を満たせるからか。
とにかくなぜかやたらと楽しい昼休み。
理人は今日陸上部員の誰もが起こすであろう行為、短冊を眺めるという事をしていた。
彼が気にしているのはただ一つ。
双子である清人と同じ願いだけは書きたくないという事。
一卵性双生児だけあって二人はまさしく瓜二つ。
小学生までの二人を見分けるポイントは着ている服の色の違いにあった。
清人は黄色やオレンジを好み、理人は青や緑を好んだ。
だが中学に入ってからは同じ制服。
もちろん高校でも同じ制服。
二人揃って陸上部に入部し、ウェアもユニフォームもなにもかもが同じだ。
未だに時折どちらがどちらなのか井上が間違えるのも仕方ない。
だって井上だから。
いや、瓜二つなのだから。
よくよく見ると理人の方がほんの少し目元が下がっている。
だがしかし双子というのは不思議なもので、考えや発言がどうにもシンクロしてしまう。
今頃自分と同じように、清人が短冊を眺めながら自分と被らないような願いを考えているような気がする。
”もっと身長が伸びますように”
いや、清人も同じ身長だ。
同じ願いを書く可能性がある。
裏をかいて”夕食がハンバーグでありますように”にしようか。
でも好物まで同じ二人。
清人も裏をかいて来る可能性がある。
もはや願い事を書くという本来の目的から大きく外れ、理人はひたすら何を書けば清人と被らないのかを考える。
時を同じく、隣の教室で清人が全く同じ思考を巡らせている事をなんとなく理人は感じ取っていた。
その頃山梨は購買へと向かっていた。
正確には購買の隣にある自動販売機が目的だ。
ミルクティーが飲みたい。
コロッケパンを食べたいというクラスメイトと共に階段を降りる。
一階へと到着してすぐ耳に飛び込んで来たのはファンファーレ。
秋月が近くにいる。
緒方の叫び声まであと3秒。
2…
1…
「秋月ぃぃぃっ!」
はいぴったり。
「山梨なに笑ってんの?」
「我ながらすげぇと思って…」
不思議そうに首を傾げるクラスメイトに苦笑いを返す。
「秋月くんだ!」
「なんであんなにカッコイイの?!」
周りの女子はざわついている。
「番号渡したら連絡してくれるかな…」
「お友達になりたい…」
切実な願いまで聞こえる。
ここまではいい。
秋月ならここまで騒がれても仕方がない。
問題はそろそろ耳に入ってくるであろう野望だ。
「秋月色っぽいよなー…」
「守ってやりたい…」
「抱いてみてぇ…」
山梨は鋭い視線を声の主に向けた。
秋月というのは基本的に表情に変化がなく、女子かと見紛う美しい美しい顔をしている。
実はド天然であるそのぼんやりとした雰囲気が気だるげな二重と妙にマッチし、なんとも妖艶な気配を醸し出す。
背も高く身体も引き締まってはいるものの、高跳びの選手である事から身体の線は細く、一見クールだが実は柔らかなその雰囲気は不思議な事に庇護欲を掻き立てる。
それは山梨だけに限った事ではない。
陸上部の三年生は誰もが同じような庇護欲を抱き、大切な後輩を変な輩に触れさせてなるものかとそれだけならいいのだが、陸上部ではない男子生徒にとってもそれは同じ。
完全なる下心を抱く者さえいる。
更にとにかく秋月は鈍い。
なにも気づかないのは本人にとっては幸せな事ではあるだろう。
多数の男子生徒から下心を向けられているというのは気分のいいものではないはず。
ただ秋月の場合危機感が欠落している。
例えば五人の男に囲まれて誰もいない体育館裏へと呼び出されても、秋月はほいほい付いて行くのだろう。
だから目が離せない。
基本的には緒方がガッチリとマークしてはいる。
でもそれだけは不十分だ。
秋月に手ぇ出したらタダじゃおかねぇぞ…?
と、全男子生徒へ向けて発信しなくてはならない。
山梨の鋭い視線に射抜かれた男子生徒は、肩をビクッと跳ねさせてからそそくさとその場を後にした。
退散して行く男子生徒に満足したのか、山梨は無意識にニヤリと黒い笑みを浮かべた。
緒方と独特な挨拶をしながらそんな山梨を見ていたのは山田。
やはりアサシン…
と心の中で呟いた。
つづく
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
33 / 59