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七夕 その7
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「…………は?」
高島の視線の先。
回転の早い思考回路が一旦停止したのか、それともフル回転しているのか。
山梨はそんな不思議な感覚に囚われて眉をひそめた。
「だからさ…その…」
山梨の目の前では緒方が頬を赤らめ俯きながら口ごもっている。
頬が赤いのは暑いせいではない。
緒方は今まで誰にも言えなかった事を、やっとの思いで山梨に相談しているのだ。
「その…だから…秋月にさ………エロい………って言えねぇだろ…?」
「…………は?」
再び不思議な感覚に囚われて、山梨は盛大にため息をついた。
「ねぇねぇ山梨…」
と緒方に呼ばれた時から嫌な予感はしていたのだ。
これは間違いなく秋月についての相談だなと、そこまでは読んでいた。
緒方の性格は把握している。
その突拍子のなさも重々承知している。
秋月への想いの強さも嫌になる程分かっている。
それでも強く強く思う。
こいつなに言ってんだ…?
なによりも休憩中とはいえ、部活の途中で緒方がこんな事を言い出す事自体が珍しい。
いや、緒方の言っている意味も緒方の気持ちも分からなくはないのだ。
まず秋月はとても美しい容姿をしている。
見慣れた今でも美しいと思う。
汚してはいけない。
そんな風に思う。
次に秋月は恋愛初心者だ。
駆け引きの意味も知らなければ、心配になるくらい異性に興味もない。
そんな秋月が初めて恋をしている。
元々他人に興味のなかった秋月にとって、恋愛というものは知らない事の連続。
まさに未知の領域だった。
芽生える嫉妬の意味さえ分からず、大きくなる緒方への想いに戸惑う日々。
人からしたら大した事のない出来事にも考えを巡らせ一生懸命だ。
そんな秋月の事を山梨は健気だと思っている。
笑う事さえほとんどなかった秋月が、緒方の事になると今にも泣き出しそうな顔をする。
頬を赤く染めて慌てては、誰が想像出来たであろう柔らかい表情を緒方に向ける。
秋月は時折山梨の前で不安や迷いを滲ませる。
それでも傍にいたいのだと、必死に手を伸ばす姿は生まれたばかりのヒヨコのように思えた。
山梨から見ても秋月の変化は想像の遥か上を行くものであった。
だがしかし鈍い。
そしてあまりにも知らない事が多い。
いくら恋愛初心者といっても限度がある。
山梨が鈍いと感じているくらいだ。
当事者である緒方は山梨の何倍もその鈍さに驚いているのだろう。
恋愛初心者である事。
無知で鈍く真っ新な状態である事。
圧倒的な美貌。
これらを踏まえて秋月にエロいなどと言えるのは井上くらいだ。
ちなみに自分は言いたいのに井上が言うのは許せないのか、という質問は愚問なのでしないでおく。
とにかく焦がれ続けた真っ新純真な秋月に、緒方がエロいなどと言える訳がない。
「でもさ…ちょっとこうなんつーか…攻めたい気分の時ってあるじゃん…?」
緒方は俯いたまま続ける。
「……攻めたい気分の時?」
「うん…だからその…ちゅーして秋月がふにゃふにゃになった時…とか…」
「……おぅ…」
やめろ…
聞きたくねぇ…
想像させんじゃねぇ…
そんな本音を飲み込んでいるせいか、山梨の眉間のシワが深くなる。
「あのね…正直俺も思う訳ですよ…この顔色っぽいなぁとか…この声エロいなぁとか…」
この声とは…
山梨の眉間のシワは更に深くなる。
「秋月って元々色っぽいじゃん…?でももっともっと色っぽくなるんだよ…」
「……おぅ…」
「しかもなにしても嫌がんねぇし…襲っちゃうぞってなるじゃん…?」
「……おぅ…」
「やだって言う時もあるけど、本気で嫌がってねぇっつーか…思わずやだって言っちゃった、みたいな…」
「……おぅ…」
あ、これしばらく続くな…
そう察した山梨の眉間からシワが消えた。
そのシワと同時に山梨は一切の表情を失い、代わりに無心を手に入れた。
「そういう時ってさ、なんつーかこう…いじめたくなるっつーか…もっとこの顔見たいなぁって思うじゃん…?」
「……おぅ…」
「涙目で必死にしがみつかれたりしたらグワッてくるじゃん…?」
「……おぅ…」
「秋月ちゅー下手っぴじゃん…?」
「……おぅ…」
「でもちゅー好きじゃん…?」
「……おぅ…」
「恥かしがってる秋月可愛いじゃん…?」
「……おぅ…」
「もうめちゃくちゃにいじめたくなるじゃん…?」
「……おぅ…」
「言いたくなるんだよ…秋月すげぇエロい顔してるって…」
「……おぅ…」
「この気持ち分かるだろ…?」
「分かんねぇよ!!」
と間髪入れずに叫び、この場を離れるのが山梨にとってきっと最善の選択だった。
でも山梨から出た言葉は
「……分かる…」
だった。
失敗した…
と、直後に山梨はこれでもかと自身の発言を悔やんだが後の祭り。
ここで言っていないと否定したところで緒方の性格上食らいついてくるに決まっている。
山梨は失敗をいつまでも引きずらない。
失敗は誰にでもある。
それを糧にしていかに早くプラス方面へと気持ちを切り替えられるかが重要だ。
そう前向き、いや、ヤケになった山梨は自分に言い聞かせた。
だって俺も男だし…
健全な男子高校生だし…
惚れた相手の恥じらう姿を求めて攻めた立てたい、なんて当然だし…
キスしてふにゃふにゃになった顔だぁ…?
そんなの大好物に決まってんだろ!!
「でも言えねぇんだよなぁ…」
「お前の気持ちは分かる…」
よく分かる。
想い慕う相手に触れたいと思うのは人間の本能だ。
遺伝子レベルで組み込まれた本能。
ましてやその相手と想い合えているのなら尚更だろう。
相手を支配したいなんて欲も男にとっては本能だ。
マンモスを追っていた遥か昔から人類とはそうして栄えてきた。
しかしあの鈍く美しい秋月を相手にそんな言葉を向けたら穢してしまう気さえする。
緒方はずっと秋月を想い続けてきた。
緒方にとって秋月充という存在は聖域だ。
ここまで散々緒方の相談相手となってきた山梨でさえ、秋月に触れると緒方は騒ぎ出す。
大切に大切にしてきたのだろう。
焦がれ続けた秋月を腕に抱き、緒方が日々どれだけ理性をフル動員させているのか想像に易い。
なにせ秋月は理性クラッシャーだ。
いつものような突飛な言動を緒方は恋人として誰より傍で見てきている。
秋月が何気なく発する言葉に緒方がどれだけ煽られているのか…なんて事も想像に易い。
汚したくない。
大切にしたい。
泣かせたくない。
守ってやりたい。
それが緒方の本音なのだろう。
それでも触れたいと思ってしまうのだ。
羞恥で頬を赤らめるその姿を見たいと思ってしまうのだ。
つづく
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