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七夕 その11
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その後は体調不良に陥る者もなく、一度離脱した高島もメニューに加わり陸上部は無事に部活動を終えた。
クールダウンの最中特に疲れを見せていたのはやはり三年生。
今日は後輩の様子にかなり気を遣った。
まだまだ暗くはなりきらない空の下、汗でびっしょりになったシャツさえ重たく感じながらのクールダウンだった。
これから夏は本格化する。
今日はそのいい予行練習になった。
三年生と言えど真夏に部の先頭に立つのは初めてだ。
夏休みになれば合宿もある。
ここ近年全国各地で猛暑だの最高気温の更新だのと騒がれている。
今年の夏も甘くはないだろう。
これから始まる夏に向けて、どこに気を遣い何に目を向けるべきなのか、夏休みに入る前に知る事が出来た。
一、二年生がこの苦労を知るのは来年、再来年になってから。
自分達が先頭に立った時、三年生の偉大さを身をもって感じる事になる。
それでいい。
現三年生達が一年生だった頃に部長だった佐々も、前部長である戸倉も苦労を語る事はしなかった。
三年生達はそんな背中を見てきたのだ。
最高学年である事の苦労を語る事はしない。
そして更にそんな三年生達の背中を見て、二年生は主に部長となった秋月に振り回されながらも、なんとか先頭に立つ事になるのはもう少し先の話。
クールダウンを終えた部員達は疲れ果てた身体で部室へと向かった。
今日は本当に暑かった。
でもその足取りが軽いのは井上の功績だろう。
これから笹に飾り付けをする。
誰がどんな七夕飾りを作り、短冊にどんな願いを書いたのか。
各々想像を膨らませてはわくわくとしていた。
そんな中一人焦っているのは渡辺。
まず第一に部誌を書き上げ監督に提出しなくてはいけない。
飾り付けが始まれば部員達は大騒ぎとなり、時間もそれなりに掛かるだろう。
終わってから部誌を書き上げるのでは遅くなってしまうし、どうせなら自分もみんなと一緒に楽しみたい。
そして第二に短冊を書き直さなくてはいけない。
渡辺的にはこちらのミッションの方が大変に思われた。
大塚がみんなの事を思った願いを書いたのに、渡辺は自分の事だけを考えたガチの願い事を書いた。
部長としてそんな願いをみんなに知られたくはない。
部員達が着替えを進める間に自身も素早く着替えを済ませ、短冊を書き直し部誌を書き上げ職員室へ向かわなくてはいけない。
なかなかに忙しい。
しかも部員の中には山梨、瀬川を筆頭に鋭い者がいる。
挙動不審でいればすぐに見抜かれてしまう。
井上や緒方も気が抜けない。
野生の勘なのか妙に鋭いところがあるし、田沼はその時に気づかなくても時間差で気づくタイプ。
誰にも怪しまれずになんとかミッションを成功させないと…
渡辺はとにかく平常心を保ち、部室に到着するなりものすごいスピードで着替えを始めた。
「渡辺…なんでそんなに急いでんだ…?」
普段との違いに気づいたのはやはり山梨。
山梨は手強い。
心の中をポンポンと見透かし痛い程に図星を突いてくる。
と言っても決して人を傷つけるような事はしない。
そんな事はしないが悪ノリはする。
相手の心理を見透かしてニヤニヤもする。
重大なミッションを前していきなりラスボスに声を掛けられ、渡辺は必死に平常心を保つ。
「いや…これから笹に飾り付けだろ?部誌を早く書き上げたいんだ。俺も一緒に楽しみたいからな」
完璧…!
渡辺は心の中で拳を強く握った。
うわずる事もなく言ってのけた。
変に視線を逸らす事もしなかったし言い訳は事実だ。
これならば山梨も変には思わないだろう。
「あーそうか…いつもお疲れさん。助かってるよ」
「……山梨…」
渡辺は人情に厚い。
何かとすぐに感動してしまう。
「渡辺が職員室から戻って来るまで適当に時間潰すから。みんなで一緒に七夕やろうぜ。焦んなくていいからな」
こんな事を言われたからには渡辺の感動は最高潮。
「すぐに書き上げて職員室行ってくる」
渡辺はまだ途中の着替えを大急ぎで済ませて部誌を開いた。
周りでは既にテンションの上がり始めた部員達の笑顔が弾けている。
よくある日常風景なのだが、やはり山梨は鋭かった。
渡辺の様子がいつもと違う。
人は隠し事をする時ついつい目を逸らしてしまうもの。
でも先程の渡辺は目を逸らす事はしなかった。
落ち着いて見えたし着替えを急ぐ理由ももっともなもの。
でも山梨は見逃さなかった。
渡辺という男は実に誠実で真面目だ。
誠実が過ぎてズバリそのまま発言しては周りを驚かせる。
そんな渡辺が隠し事をする時、逆に不自然に思える程に目を逸らさないのだ。
目を逸らさないどころかまばたきすらしない。
いわゆるガン見状態になる。
今渡辺は一切まばたきをしなかった。
山梨が声を掛けてから再び着替えるまでの間に一度もしなかった。
感動した表情をしているのにしなかった。
そんな渡辺を見ている山梨の目が乾燥を感じてしまう程にしなかった。
怪しい…
山梨は心の中で呟いた。
今この状況で何を隠す必要があったのだろう。
自身も着替えを進めながら、山梨は渡辺の様子を観察し続けた。
つづく
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