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三日前
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語り:陸上部三年 山梨拓海
春の日差しの差し込む窓際の席で、ジュースのストローを咥える。
昼休みを迎えた騒がしい教室。
少し離れた席で、井上が身振り手振りでなにやら大声を上げている。
井上を囲むように集まった数人のクラスメイト達が、呆れたように笑っている。
関わらないのが正しい判断だ。
そんないつもと変わらない、穏やかな昼休み。
「ねーねー山梨ー!」
穏やかな昼休みの終わりを告げる大声が耳に飛び込んできた。
予鈴よりもタチが悪い。
声の方を向くと、空飛ぶ元気玉こと緒方が、教室の入口に立っていた。
緒方が「ねーねー」と言って来る時は、大抵頼み事がある時だ。
一つため息をつき、席を立つ。
「なに?どうした?」
「悩みを聞いて欲しい…」
廊下の端からでも聞こえる大声の持ち主が俯いている。
「悩み?」
「秋月の事なんだけど…」
なるほど、と思う。
またか、とも思う。
緒方は一つ学年が下の秋月に想いを寄せている。
秋月はモテる。
恐ろしくモテる。
綺麗な顔をしてるし、頭も性格も良いし、高跳びも凄い。
そして男だ。
何度も秋月についての相談には乗ってきたが、悩みも尽きないのだろう。
「どうした。話してみろ」
人気の少ない廊下へ移動し、そう促す。
「秋月が…」
「秋月がどうした?」
「…………クソ可愛い…」
「………は?」
緒方はド天然だ。
分かっていても飛び出す言動には、毎回呆れ、驚かされる。
「昨日も一緒にバス停まで帰ったんだけどさ、あいつってすげー無愛想じゃん?」
「そうだな」
「なのにさ、自販機の前ですげー悩んでたんだよ」
「…そうか」
「うん…秋月がスポーツドリンク買うって言うからさ、たまには違うのにしたら?っつったらさ、ずっと自販機眺めてんの…クソ可愛いだろ…?」
「ソウデスカ…」
「で、結局ミルクティー選んだんだよ。クソ可愛いだろ…?」
「ソウデスネ…」
先程自分がストローから吸い上げたのもミルクティーだ。
確かに秋月は無愛想な反面、たまに笑うと可愛らしいし、しっかりとはしているが、時折天然な言動もする。
溺愛純愛フィルターを通した緒方の目から見ると、何をしてても可愛いのだろう。
「そんで一口飲んで一言、甘いです…っつって…クソ可愛いだろ…?」
眉間にシワを寄せてまでする話しだろうか。
力説する緒方には悪いが、堪えきれないため息が漏れる。
「はいはい…可愛い可愛い…」
「可愛いと思うのか?!山梨も秋月狙いなのか?!絶対渡さねぇからな!俺のじゃねぇけど!」
「なんでそうなるんだよ!俺はノーマルだ!」
「俺がアブノーマルって意味?!」
「まぁある意味な」
「……アブノーマルってなんだっけ?危ないノーマルって事?」
「………は?アブノーマルってのは」
「あっ!秋月だ!秋月ぃーーーーっ!」
移動教室だろうか。
三年の教室がある四階へ来た秋月を見つけたらしい緒方が、人の話しも聞かず走り出した。
秋月は背が高い。
人目に付きやすいし、言われれば確かに秋月っぽい姿は見えるが、ここからでは良く分からない。
良くは分からないが、緒方に名前を大声で呼ばれ、困惑した秋月の顔が思い浮かぶ。
緒方もきっと、満面の笑みを浮かべているのだろう。
秋月は緒方の気持ちには気付いていない。
あいつは高跳び以外の事に全く興味がない。
それでも全身全霊で秋月の名前を呼ぶ緒方。
発想は斜め上だが常に真っ直ぐな、真っ直ぐ過ぎる緒方なら、案外秋月を落とせるかもしれない。
まぁ秋月は恋愛自体に興味がないのだろうが、やはり男同士というのが最大の難関だろうか。
同性を好きになろうが、それが別に変な事だとは思わない。
落ちる時には嫌でも落ちる。
もし自分の意思で止める事が出来るのなら、人は恋になど落ちないのではないだろうか。
緒方を見てるとそんな事を思う。
もしタイミングでも来ようものなら、恋愛にはとことん鈍そうな秋月に、アドバイスの一つでもしてやってもいいかもしれない。
上手くいけばいいな、などと思う。
廊下の窓から見える裏山の木々が風に揺れた。
午後練ではきっとまた、あの裏山へとロードワークに行かなくてはいけない。
ロードワークはキツイ。
席に戻って、予鈴まで一眠りでもしようか。
緒方が溢れる気持ちを抑えきれずに秋月に告白をする、僅か三日前の出来事だった。
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