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秋月の実力
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語り:陸上部三年 渡辺朔夜
「秋月は美術が苦手らしい…」
部活開始前の部室。
緒方がそう言い出した。
「あーこの前図書室で言ってたやつか」
山梨がロッカーを開けながら言った。
「そう言えば秋月って頭良いんだったよな?」
以前誰かがそんな事を言っていたのを思い出し、ついそう口にする。
「蒼星が第一志望だったらしいよ」
「「蒼星?!」」
瀬川の口から出た学校名に、思わず田沼と共に大声を上げてしまった。
蒼星学園と言えば県内でもトップレベルの高校だ。
「ソウセイってなに?」
「はい出た、さすが井上」
「なんだよ瀬川」
井上は唇を尖らせた。
「知らないのはこの県内で井上と緒方くらいだと思うよ」
「緒方も知らなかったのか?!」
再び大声を上げてしまった。
「だってそんなレベルの高いとこ行ける訳ねぇじゃん。知ってても意味ねぇし」
確かに緒方の言う通り…なのだろうか。
ふと気づく。
「まさか秋月、美術が苦手でうちに来たのか…?」
「んな訳ねぇだろ。秋月も高跳びバカなんだよ」
山梨がため息をついた。
「…どういう事だ?」
「まぁ秋月本人に聞いてみろ。ところで緒方、覚悟はいいな?」
「えっ?なにが?」
山梨の急な話題変更に、緒方が表情を強ばらせた。
「お疲れ様です」
ガチャリと扉を開けて、秋月が入室してきた。
「……なんですか」
我々の視線に気づいたのだろう。
秋月はほんの僅か、眉間にシワを寄せた。
「まぁとりあえず部活が終わってからかな」
瀬川が笑顔でウェアを羽織る。
「秋月!楽しみにしてるぞ!」
田沼は目を輝かせた。
「……え、なんの話しですか」
さすがの秋月も表情を曇らせる。
「秋月…ごめん…」
緒方がそっと秋月の肩に手を置いた。
「はい?」
「でも大丈夫だ…どんな物でも秋月が生み出した物なら俺は愛せる…」
「……なに言ってるんですか」
「はいっ!話しはここまでだ!秋月早く着替えろー!」
「渡辺すげーイキイキしてる!」
田沼にそう言われたが仕方がない。
容姿端麗、成績優秀、運動神経抜群、いつもクールな秋月の美術の実力がどんなものなのか、楽しみに決まっているではないか。
三年と秋月だけが残った部室。
秋月がいつも以上の無表情で、長椅子に向かって正座をしている。
秋月の前には長椅子に置かれた紙とペン。
「……どうしてこうなったんですか」
「緒方が秋月は美術が苦手って言い出したからだな」
自分の言葉で秋月の目が光った。
いつも高跳びのバーに向ける鋭い視線を、緒方に向けている。
「山梨助けて…秋月に嫌われる…生きてけない…」
緒方は真っ青な顔をして身を丸め、山梨の後ろに隠れた。
「んな事で嫌うくらいなら最初から付き合ってねぇだろ」
山梨がため息をついた。
秋月もため息をついた。
「……なにを描けばいいんですか」
「なにがいいと思う?特徴を捉えにくい物の方が傑作が生まれそうだよね」
「いや、逆にありきたりの物の方が秋月の実力が分かるんじゃねぇ?」
「あー確かにね」
瀬川と山梨はそう言って笑った。
ワクワクしているのが伝わってくるいい笑顔だ。
「ウーパールーパーは?」
「ありきたりじゃねぇだろ!」
田沼が井上の発言にすかさずツッコミを入れる。
久しぶりにウーパールーパーという単語を聞いたなと思う。
なんとも言えないフォルムが思い浮かび、心が和む。
「あー井上の頭の中ってウーパールーパーって感じだよね」
「響きがな」
「ごめん山梨、ウーパールーパーに失礼だった」
「確かに」
「え?どういうこと?」
また瀬川と山梨が笑い、井上は首を傾げた。
「……キリン」
山梨の背後から緒方がボソリと呟いた。
「ねぇ、そもそも緒方はなんでそんなにキリンにこだわるの?図書室でも言ってたよね?」
緒方は以前にもキリンを描いて欲しいと言ったのだろうか。
「なんとなく…」
まぁ緒方はそういう奴だ。
そんなに描いて欲しいのなら描いてもらえばいい。
「よし!じゃあキリンさんとゾウさんを描いてもらおう!」
「渡辺ホントキャラどうした?!」
「え、なにがだ」
田沼のツッコミの意味が分からない。
「……キリンとゾウですね。分かりました…」
秋月がもう一度ため息をついて、ペンを手にした。
山「えっ…?待て待て…こいつ病気なのか…?」
秋「はい?」
山「……なんだこの蕁麻疹…」
秋「蕁麻疹…?なんの事ですか」
山「この点々だよ!」
秋「……え、キリンって模様がありますよね?」
瀬「模様?!これ模様?!」
井「チキン肌!このキリンチキンスキン!」
山「井上!リズミカルに言うのやめろ!」
瀬「井上が英語使ってる!」
田「ツッコミ所そこか?!首短けぇだろ!キリンの主たる個性を奪うなよ!」
山「これなんだよ?!このたけのこ〇里みたいなヤツ!」
瀬「山梨その例え方やめて!ツボに入る!」
秋「ツノです」
井「緒方がめっちゃ笑い堪えてる!」
緒「おいっ!ふざけんな井上!微笑みと言え!」
井「ヒクヒクしてんじゃねぇか!」
緒「してない!全然してない!ちょっと腹筋の調子が悪いだけだ!」
渡「キリンのツノってどっちかって言うと、きのこ〇山みたいじゃなかったか?」
瀬「渡辺やめてっ!息が出来ないっ!」
井「このキリンチキンスキン!」
田「井上自分の発言気に入っちゃってんじゃねぇかよ!」
山「秋月!落ち着け!キリンって知ってるか?!」
秋「……なに言ってるんですか。落ち着いてます。知ってるから描いてるんです」
山「いやいやいやいや!だったらなんでこうなるんだ?!」
田「足細ぇ!風速1mで折れそう!」
瀬「まつ毛長っ!」
秋「キリンってまつ毛長いですよね?知ってますよ」
瀬「限度があるでしょ?!本当に知ってるの?!」
田「ヤベー!秋月ヤベーよ!腹痛てぇ!」
緒「大丈夫だぞ秋月…秋月が描いたものはなんでも可愛い…」
山「緒方の秋月愛も異常すぎんだろ!子供が見たらトラウマで夜泣きするぞ!よく見てみろ!」
緒「ムリ…直視できない…」
山「えっ…?待て待て…なんでここに口があるんだ…?」
秋「なんでと言われましても…ゾウにも口あるじゃないですか」
瀬「鼻の上にはないでしょ?!しかもなんで笑ってるの?!」
山「いきなりメルヘンチックになってんじゃねぇか!鼻の下!」
秋「……え、こんな所でしたっけ?」
山「おいっ!なんでそこになる!そこは鼻の先だろうが!」
秋「ああ、そうでした」
井「口だらけ!」
瀬「目がつぶら!」
秋「ゾウは優しい動物というイメージがあるので」
山「それで笑わせちゃったのか?!」
田「ツッコミ所そこじゃねぇって!また蕁麻疹出たぞ!」
秋「うぶ毛です」
瀬「こだわるとこそこじゃないよね?!」
井「緒方が泣いてる!」
緒「おいっ!ふざけんな井上!あまりのショッキングさに感動してるだけだ!」
井「手ぇ震えてんぞ!」
緒「震えてない!全然震えてない!感動してるだけだ!」
渡「耳小さくないか?」
田「小さいどころの話しかよ!個性を奪うなっての!」
瀬「やっぱりまつ毛長い!」
秋「ゾウは優しい動物なので」
山「意外と凶暴だぞ?!」
秋「……え、先に言ってくださいよ。じゃあこの辺りを………あっ…」
田「おいっ!なんで二足歩行に変えた?!」
秋「急にサーカスのイメージが湧きました」
山「俺の凶暴ってアドバイスはどこ行ったんだよ!」
瀬「涙っ…涙出てきた…」
田「ヤベー!秋月ヤベーよ!笑い死ぬ!」
緒「大丈夫だぞ秋月…誰がなんて言っても、俺は秋月が好き…」
秋「……緒方さんもう黙ってください」
こうして話し方に特徴のある瀬川、秋月以外、説明がないと誰が何を言ってるのか分からない程に、また誰もが我を見失ってツッコミ続ける程に、秋月のお絵描き大会は大盛り上がりを見せた。
パッと見一切隙のない秋月が、まさか新種の生物を生み出すとは思わなかった。
思わなかったが、秋月の新たな一面が見れた事が、なんだか嬉しいように感じた。
引退まであと少し。
分かってはいても、いつまでもこうやって、みんなと一緒にいれたらいいと思ってしまった。
この日この後、秋月は緒方の前で無表情を一切崩さなかったらしい。
崩さなかったらしいが、結局二人並んで帰った所を見ると、なんだかんだラブラブなのだろう。
因みに秋月の描いたキリンさんとゾウさんは、
是非とも部室に飾っておこう!
という事になったのだが、秋月がどす黒いオーラを放ちながらメッタメタに破いて捨ててしまった。
翌日腹筋が痛かったのは、多分自分だけではないだろう。
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