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夏合宿三日目の夜
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語り:陸上部二年 田沼健太
※このお話しは現三年生が二年生の頃のお話しです。
「本日のギダイ!なぜ緒方はモテるのか!」
昨日書いた”恥”という文字を必死に消そうとした井上のおでこは赤くなってる。
まぁ消えてないけど。
その状態でターゲットを秋月から緒方に変えて、井上は昨日と全く同じ事を言い出した。
「ねぇ山梨、明日のメニューの事なんだけど」
「ああ、さっき戸倉さんが言ってたやつか」
「秋月に会いたい…」
「窓の鍵閉めないで寝るのって不用心だよな」
すごい…
誰も聞いてない…
正確に言うと聞く気がない。
まぁ俺もだけど。
「聞けよ!合宿の夜を楽しもうぜ!」
井上はドタドタと床を踏んだ。
「お前昨日もそう言い出して途中で寝やがっただろ?!」
あまりのうるささに思わず関わってしまう。
「仕方ないだろ?!疲れてたんだ!」
「だったら今日も同じ事になる!はい!おしまい!」
「田沼冷たい…」
井上はがっくりと布団に座り込んだ。
ため息が漏れる。
「秋月が特別過ぎるけど、緒方だって十分イケメンだよな?」
ノッてあげる渡辺は優しい。
「渡辺っ!」
井上が抱き着いた。
「まぁな。秋月とは逆の顔立ちか」
なんだかんだ、山梨も優しい。
「山っち!」
今度は山梨に抱き着いた。
「確かに。秋月は綺麗って感じだけど、緒方は男らしいよね」
結局瀬川も優しい。
「瀬川っ!」
「抱き着いたら話し終わらせるよ。本当に暑苦しい」
井上はピタリと固まった。
さすが瀬川、笑顔が怖い…
「秋月…」
枕を抱き締めた緒方は、今日も変わらず全力で煩ってる。
自分の名前が議題に上がっている事にすら、気づいてないかもしれないな…
「緒方は背も高いし普段うるさいけど、高跳びやってる時はハンパなくカッコイイよな」
「秋月今なにしてんのかな…」
そう言ってみるものの、緒方はパタリと倒れ込んだ。
全然聞いてねぇな…
「意外としっかりしてるとこもあるしな」
山梨がペットボトルを開けながら言った。
「そこが井上との違いじゃない?井上も確かに実力あるけど、バカ過ぎるもん。もう黙ってれば?黙って一生走ってれば?」
「瀬川っ!そんな風に思っててくれたんだな!ありがとう!」
「抱き着いたら恥の濃さ10倍にするよ」
井上はすごい…
ほぼコテンパンに貶されたのはスルーして、都合のいいとこだけ聞こえてる…
「緒方はギャップがいいんじゃねぇ?いっつも元気なのに高跳びになると別人だろ。まぁ今も別人みたいだけどな…」
山梨が横目で緒方を見た。
「ねぇ山梨…」
緒方の口から「秋月」以外の名前が出たのは30分ぶりくらいな気がする。
「秋月今なにしてると思う…?」
「知らねーよ…」
「風呂終わったかな…」
「あーもう終わったんじゃね?」
「髪の毛濡れてるかな…」
「濡れてるだろうな…」
「可愛いだろうな…」
「ソウデスネ…」
「一年の部屋行ってみるか?」
渡辺が急にそう言い出した。
「えっ?!」
緒方は飛び起きた。
「そうだよ。行ってみれば?」
瀬川のこの笑顔。
絶対楽しんでる…
「えっ?!何しに?!」
「秋月に会いに。決まってるでしょ?」
この笑顔。
絶対絶対楽しんでる…
「…………ムリっ!理由がない!」
「お前いつもなんにもなくても駆け寄ってんじゃん」
いつも学校で見つける度に全力で廊下を走ってるくせに、今更なに言ってんだか。
「……なんか違う…」
「なにが?」
「こんな時間に会いに行くなんて出来ない…もう9時半過ぎてる…」
「純愛過ぎるな…」
渡辺が苦笑いをした。
ペタペタと廊下を誰かが歩いている音がする。
何気なく視線をやると、開けられたドアから額にペットボトルをあてて廊下を歩く秋月の姿が見えた。
「お、秋月じゃん」
「ふぇっ?!」
緒方がバッと廊下を見た。
「ふぇってなんだよ…」
思わずそう口をついて出た。
「しゃーねぇな…秋月ー」
「ちょっ!山梨っ!」
緒方は小声で激しく取り乱した。
ホントにピュア過ぎんだろ…
既に秋月は二年の部屋の前を通過していたが、山梨の呼び掛けに気づいたのか、ひょっこりと顔を出した。
ホントにひょっこりって表現がぴったり。
普段無愛想でクールなくせに、こういう仕草は反則だと思う。
「なんですか」
「ちょっと来い」
「はぁ…失礼します」
山梨が手招きすると、秋月は律儀に一礼して部屋に入って来た。
「今な、なんで緒方がモテるのかって話しをしてんだけどな」
「そんな話ししてないだろ?!」
緒方がまた取り乱した。
やっぱり全く聞いてなかった。
「お前が聞いてなかっただけだ。で、秋月はなんでだと思う?」
山梨ドS…
「……モテるとかよく分からないんですけど…」
「じゃあ緒方の良いところはなんだと思う?」
うわぁ…山梨ドS過ぎんだろ…
緒方緊張しまくった顔でフリーズしちゃってんじゃん…
「そうですね…」
秋月が緒方に視線を移した。
「高跳びしてる姿、綺麗だと思います」
おぅふ…
緒方は目を見開いて、布団から起き上がったままの、すげーハンパな格好でカチンコチンに固まってる。
きっと心の中で号泣してる…
いや、鼻血出してるかも…
いやいや、精神飛び立ってるかも…
「他には?」
瀬川っ……!
その笑顔が怖いっ!
「……いつも元気過ぎる所ですかね」
……これ褒めてるのか?
てかお前が今ここに来るまで、全っ然元気じゃなかったけどな…
「他には?」
まさかの渡辺っ…!!
いいぞ!もっと聞け!
「……話してると俺と全然違う発想するので驚きますけど、聞いてて飽きないですよ。真剣に聞いてると混乱しますけど」
一言余計だろ!
褒めてんのか?!
毒吐いてるのか?!
どっちだ?!
「そうか。サンキュー秋月。呼び止めて悪かったな」
「いえ。ではおやすみなさい」
山梨の言葉に秋月はまた律儀に一礼して部屋を出ていった。
山梨はさすがのタイミングで切り上げたな…
これ以上聞いたら、秋月は緒方を貶し始めるかもしれない…
秋月の足音が遠ざかると、緒方は魂が抜けたように仰向けに倒れた。
手探りで枕を探し当て、ぎゅっと強く抱き締めた。
乙女かよ…
「秋月髪の毛濡れてた…可愛いかった…」
「よかったな」
「綺麗って言ってくれた…」
「よかったな」
「元気って言ってくれた…」
元気過ぎるって言ってたけどな…
「よかったな」
「飽きないって言ってくれた…」
都合よく解釈しててよかった!!
「よかったな」
「おやすみなさいって言ってた…」
「よかったな」
「山梨ありがとう!みんなありがとう!」
「明日ジュース奢れよ」
「はいっ!奢ります!」
間違いなくMVPは山梨だけど、ひらすらに笑顔で「よかったな」って言い続けた、渡辺の根気と優しさに感動…
井上がまた寝てる事には誰も触れない。
結果、緒方は男らしいイケメンで、背も高いし、意外としっかりもしてて、普段元気だけど高跳びやってるとこはカッコよくてギャップでモテる…
そんなとこなのか。
なんだよ…うちの部モテ男ばっかりかよ…
まぁ俺らが散々緒方の良いところを挙げた所で、秋月の褒めてるんだか褒めてないんだか良く分からない言葉の方が、緒方にとっては嬉しいんだろうけどな。
今日も暑くて寝苦しいけど、緒方は幸せ気分で寝れるんだろう。
まぁグダグダと秋月秋月って言い続けてるよりは、緒方は元気なのが一番いい。
なんて、俺もこんなに優しいのにモテないのはなんでだろうな…
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