アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
高校最初の友達
-
語り:サッカー部一年 山田
※このお話しは秋月が一年生の頃のお話しです。
「やだっ!あの人ヤバイ!」
高校生活一日目、所謂入学式。
出席番号順に指定された席に座る。
だいたいいつも一番後ろか、良くても後ろから三番目。
廊下側の一番後ろの席に座った途端、今日からクラスメイトになるのであろう女子の、そんな騒ぎ声が聞こえた。
俺の知ってる女子は、何かとすぐ”ヤバイ”と言う。
だからその言葉を聞いただけでは、どの程度にヤバイ事なのか分からない。
中学からの友達はみんな違うクラスで知り合いもいないし、とりあえずその女子の視線の先を追ってみる。
教室の真ん中辺りの席にまとまっている女子達の視線は、自分の席から一番遠い、窓際の最前列の席へと向けられていた。
名前が”あ”とか”い”とかから始まる奴なんだろうな。
そんな事を思う。
その姿が目に入った途端、視線が固定されたような気がした。
春の柔らかい日に透ける茶色掛かった髪。
あまりにも美しい横顔。
何をする訳でもなく、ただじっと真っ直ぐ前を向いている。
そいつの周りだけ空気が澄んで見える。
なるほど。
これは確かにヤバイ。
程なくして担任だという教師が現れ、出席番号順に体育館へと向かう。
嬉しそうな顔の母親に手を振られ、もうそんなガキじゃないぞ…と思いつつ、笑顔で手を振り返してみる。
入学式というのはなんとも退屈なもので、校長の挨拶だとか、来賓の紹介だとか、祝辞だとか…
もっと新入生の為っぽくしてくれたらいいのに。
こう楽しくなるようなイベントとか盛り込んでさ。
そんな事を思うけど、厳かな雰囲気で、滞りなく進んでいく入学式。
体育館の時計の下に貼られた式次第に目をやる。
あとは新入生代表の言葉と、校歌と…校歌なんて今日初めて聞くし、やっぱりどこまでも退屈だ。
「新入生代表、秋月充」
これって首席の奴がやるって聞いた事ある。
つまり入試で一番点数が高かった奴。
つまり一番頭のいい奴。
どうせ「勉強大好きです!」みたいな奴なんだろうな。
ところが席を立ったのは、自分の席の先頭の奴。
茶色い髪の毛のあいつは、さっきのヤバイ奴…
なんとなく体育館の雰囲気が変わった。
まぁ仕方ないよな。
あの顔で首席とか…
それにしても物怖じしない奴だな。
こんな大人数の前に立ったら、俺ならビビっちゃうけど…
正面から見るとまたとんでもなく整った顔立ち。
その辺のアイドルとかモデルとかより、よっぽどかっこいい。
なんて思ってるうちに、新入生代表の言葉は終わってしまっていた。
またゾロゾロと教室へ戻り、担任から今後の予定だとか持ち物だとかを延々と説明される。
なんとなく気になって、秋月と呼ばれた美形に目が行ってしまう。
気になるのは、一切表情を変えない事。
さっき女子から色々話し掛けられてたけど、それにも無表情で応じてた。
まぁ中学からモテモテだったんだろうし、女子に話し掛けられるのなんか、逆に嫌になってるのかも。
「で、とりあえず明日の日直は、出席番号最初の秋月と最後の山田な」
急に担任に名前を呼ばれ、慌てて前に向き直る。
「席が近い者同士は勝手に仲良くなってくから、離れた席の者同士、親睦を深めてみてくれ。明日は上野と村岡って感じで頼むぞ」
なるほど。
面白い考えの先生だな。
そんなこんなで翌日。
日誌を書かないといけないらしいけど、まだ授業もちゃんと始まってないし、何を書けばいいのやら。
とりあえず秋月ってやつに声掛けてみようかな。
「あの…秋月くん…」
目が合うとドキリとした。
ちょっとこれマジで、こいつどんだけ美形なの?
近くで見るとハンパじゃないんだけど…
「俺山田…日直で一緒の…」
なんで俺緊張してんだろ…
「うん。よろしく、山田くん」
そう言って微かに笑った。
クールだ…
真っ白な日誌を広げ、二人で覗き込む。
何を書けばいいのか、日誌についての会話を交わす。
不思議な雰囲気の奴だと思った。
無気力な感じがするのは、気怠げな目元のせいかもしれない。
凛としてるのに消えそうな透明感がある。
口数は少ない。
声に抑揚さえないものの、口調は穏やか。
気取った所なんかなくて、逆にかなり謙虚。
不思議と心地がいい。
だからついつい、日誌以外の事についても話してみたくなった。
「俺サッカー部入るつもりだけど、秋月くんは?」
「俺は陸上部」
「陸上か!なにやんの?」
「走り高跳び。その為にここに来たから」
ギクリとした。
変わらず口調は穏やかで、表情に変化はない。
なのに茶色い瞳の色が、変わったように見えたから。
「中学から続けてるの?」
「うん…空が好きなんだ」
そう言って窓の外に視線を移した。
今度はドキッとした。
ちゃんと笑うと可愛いんだな。
って男相手にドキドキしてどうすんだよ…
てかその笑顔、空じゃなくて人に向ければいいのに。
「秋月くん同じ中学から来た人いる?」
「一人いるよ。クラスは別れちゃったけど」
「おー!俺も!知らない人ばっかでさ!仲良くしてくれな!」
途端、茶色い目が丸くなった。
なんだ?
「……俺なんか変な事言った…?」
「ううん…”くん”はいらない。”秋月”でいいよ。ありがとう」
そう目を伏せて、また微かに笑った。
なんとなく、真っ直ぐな言葉に弱いのかなと思った。
理由はこれもなんとなくだけど分かる。
この顔で頭も良くて凛としてて、なんだか気後れしてしまう。
美し過ぎるうえに愛想がないせいか、正直話し掛けにくい。
みんながなんとなく距離を置いてるのが分かる。
本人から歩み寄る事はなく、ただただ真っ直ぐ前を向いているから、またそれが話し掛けにくくさせる。
”仲良くしよう”なんて、あまり言われた事がないのかもしれない。
この笑顔を知ってるのは、この高校では今のところ、その中学からの友達と俺くらいかも…
なんて思ったら、なんか嬉しかった。
秋月はあっという間に有名人になった。
休み時間になれば、他のクラスや上級生がツアーを組んで秋月を見に来る。
時折女子に声を掛けられては、表情を変えず一言二言返事を返す。
気づけば”氷の貴公子”だなんてあだ名がついていた。
一切表情を変えないクールビューティーってのが由縁らしいけど、実はそんな事もないぞ、笑顔可愛いぞ、なんて勝手に優越感に浸ってみたりして…
一緒に廊下を歩くと、自分が見られている訳でもないのに視線が痛かった。
「秋月って中学の時もこんなだったの…?」
「こんなって?」
「すげージロジロ見られてんじゃん…」
「え?そう?」
そう言って首を傾げた。
これが毎日の事で、もはや違和感すら感じないのかもしれない。
「俺なんか見てどうするつもりなんだろう…」
「目の保養になるからかな…」
というかね、目が離せなくなるよ…
ずっと見てたくなる。
「……え、なんで?」
「秋月鏡見た事ある?」
「うん。毎朝一応見てるよ」
「俺ってイケメンだな…とか思わない?」
「……イケメン…?」
また首を傾げた。
こんだけ騒がれて無自覚なんだ…
てかその顔で首傾げるなよ。
可愛いじゃないか…
「いやなんでもない。仮入部明日からだな!」
「うん、楽しみだね。早く跳びたい」
秋月は廊下から見える春の空へと視線を移した。
茶色い瞳に青が映って、なんとも表現出来ない綺麗な色になった。
空を見る時はいつもこの顔をする。
大して表情に変化はないけど、口元を僅かにほころばせて、目に映るものの更にその先を見ているような、そんな顔。
どんな風に跳ぶのかな…
見てみたいと思った。
窓から吹き込んだ風が茶色い髪を揺らした。
ふと思い出す。
「そういえば秋月さ、あの時なに考えてたの?」
「……あの時?」
「入学式の前。教室で何にもしないでずっと前向いてたから」
「ああ、緊張を集中に切り替えてた」
「……え?」
「新入生代表の言葉があったから緊張してて」
「……緊張してたんだ…」
すげー堂々としてたけどな…
無愛想だから緊張も伝わらない感じ…?
ていうか緊張を集中に切り替えるとか…
完璧アスリートだな…
カッコイイ…
秋月は何かに気づいたのか「あ…」と小さく声を上げた。
「あそこにネコがいる」
「ネコ…?」
「ネコ可愛いよね。子供の頃夢中でネコ追い掛けて、迷子になった事があったな…」
「相当ネコが好きなんだな…」
「うん、好き。山田はイヌ派?ネコ派?」
おお…なんかネコの事になったらいきなりすごい話し始めた…
「んー…イヌ派かな…」
「俺もイヌ派」
「……え?」
迷子にまでなったのに?
ちょっと会話の流れおかしくない?
秋月ってもしかして天然…?
秋月はまた「あ…」と声を上げた。
「そうそう。購買の焼きそばパンがおいしいらしいって、同じ中学の友達が言ってたんだ。購買とか中学にはなかったから、少し楽しみ」
「マジで?!俺焼きそばパン大好物!」
「そうなんだ。俺は蒸しパンがあると嬉しいな」
「秋月蒸しパン好きなの?」
「うん、特にたまご蒸しパンが好き」
この顔で好物が蒸しパン…
やっぱこいつ、なんか可愛いかも…
「購買も明日からだよな!昼休みになったら行ってみようぜ!」
秋月はまた目を丸くして、僅かに笑った。
「うん、そうだね」
高校に入って初めて出来た友達は、とんでもなくかっこよくて、とんでもなく綺麗で、愛想がなくて声に抑揚もなくて、でもすげー居心地のいい、天然疑惑の秋月充という男だった。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
18 / 59