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出会いの日
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語り:陸上部一年 瀬川祐
※このお話しは現三年が一年生の時のお話しです。
入学式が終わってしばらく経った。
だんだんとクラスメイトの顔と名前が一致し始めて、まぁ同じ中学だった友達もいたりで、それなりに自分もクラスに馴染んできたと思う。
今日の放課後から仮入部が始まる。
特にそんなに思い入れはないけど、中学と同じ陸上部に入ろうと思ってる。
帰宅部ってのもありだけど、放課後バイトとかしてるよりは、グラウンドを走ってる方が性に合う。
授業も始まって、まだ固くて開きにくい綺麗な教科書を眺める。
中学の延長って感じ…なんて当たり前の事を思う。
「じゃあ3ページを…えっと…緒方くん、読んで貰っていいかな?」
「はいっ!」
新任の現代文の女性教師に名前を呼ばれて立ち上がった、緒方と呼ばれたクラスメイト。
背が高くて真っ黒ツヤツヤの髪の毛が特徴。
女子がかっこいいって騒いでた。
いつも人が周りにいて、声が大きくて明るくて、元気の塊って感じ。
というか、俺は前から緒方を知ってた。
走り高跳びで中学の時有名だったから。
先輩の応援で行った県大会で、一回だけだけど見た事がある。
まぁどんな人物かまでは知らないけどね。
「”我が友ベーコンがその時何を思っていたのか”、この時はまだ、知るゆえもなかった”」
読み方間違えてるし…
由だよ…よし…
高跳びやってる姿は綺麗だったのに、中身は残念な感じ…?
ていうか我が友ベーコンって…
インパクト絶大な授業だよね…
どうしてこの教科書を編集した人は、この文章を乗せたんだろう。
おかげで「このベーコンさんは」と教科書の説明の為に「ベーコンさん」を連呼せざるを得ないこの新任教師のあだ名は、「ベーコンさん」。
まだ若い可愛らしい先生なのに可哀想。
「先生っ!」
緒方の前の席の井上ってやつが、声を上げた。
「ベーコンベーコンって言うからさ!なんか腹減ってきました!」
この発言が体現するように、井上ってのは絶対おバカな部類。
出席番号順で席が前後だからか、いつも緒方と騒いでる。
いや、気が合う感じかな。
緒方も多分、おバカな部類だから。
「俺今日の朝メシ目玉焼きとベーコンだった!」
この大声の持ち主は橘。
こいつも多分おバカな部類。
井上の小学生みたいな発言に、小学生みたいな発言で会話を広げる。
「私も今朝ベーコン食べました」
そうにこやかに笑った先生。
共喰い…なんて思ったのは、きっと俺だけじゃない。
チャイムが鳴って休み時間。
次の授業は数学。
「俺陸上部!中学から続けてる高跳びやるんだ!」
数学の教科書とノートを机から引っ張り出していると、そんな声が耳に飛び込んできた。
やっぱり緒方は高跳び続けるんだな。
「えっ?!マジで?!俺も陸上部!」
大きいこの声は井上。
「奇遇だな!俺は帰宅部だ!」
うん…やっぱり橘はおバカな部類だ…
「マジか!奇遇だな!」
緒方もおバカ確定…
緒方と井上と同じ部活か…
うるさくなりそう…
放課後、陸上部入部希望者が集合場所に指定されたのは、体育館脇の水道。
まぁそこにはもちろん、緒方と井上がいる訳で。
「おっ!瀬川じゃん!瀬川も陸上部?!」
緒方は小さい声を出せないのかな…
「うん。よろしくね」
笑ってみる。
「うちのクラスから三人かぁ!なんか嬉しいな!」
なにが嬉しいのか分からないな…
ていうか三人だけ?
まぁ運動部が充実してる高校だけど…
グラウンドもかなり広いしね。
でもこの三人だけっていうのは…
不安しかない…
「ここに集まってるの陸上部希望者?」
背後からの声に振り返る。
見た事のない顔。
「おう!俺達陸上部だ!」
緒方本当に声が大きい…
「七組の山梨。よろしくな」
にっと笑った顔を見て、思わずほっと息をついてしまったのは、三人だけじゃないという安心感から。
「俺三組の瀬川。よろしくね」
「俺も三組の緒方!」
「俺も三組の井上!」
「おー知ってる知ってる!御三家のうちの二人だろ?」
「「ごさんけ…?」」
声を揃えたおバカ二人。
御三家ってなんだろう…
「あの、陸上部ってここでいい?」
また背後から聞こえた声。
五人目。
よし…なんて思ったのも、三人だけじゃないという安心感から。
「俺田沼。一組。よろしく」
「よろしく!俺井上!三組!あとこいつが緒方でこいつが瀬川で、こいつが山下!」
「いや、俺は山梨だ…」
「そうだ!山梨だ!山梨ってなんか難しいよな!」
なにが難しいのか教えて欲しい…
「って事で山っちって呼んでいい?」
どういう事か教えて欲しい…
「構わないけど…」
山梨呆気に取られてる…
「陸上部ってここ?」
三度背後からの声。
六人目。
思わず拳を握ったのも、三人だけじゃないという安心感から。
「六組の渡辺だ。よろしく」
「よろしく!俺三組の井上!こいつが緒方でこいつが瀬川で、こいつがた…た…た…高野!」
「”た”しか合ってねぇ!」
本人に盛大にツッコまれてる…
「田沼でしょ…」
思わず口を挟んでしまった。
「そう!こいつが田沼でこいつが山っち!」
「山っち…?」
「いや、山梨だ…」
「そうか…とにかくよろしくな!」
「よろしく!なぁ井上、田沼の名前も間違えたのに、田沼にはあだ名つけねぇの?」
あれ、緒方意外と話しの流れが読めてる。
「田沼って響きが気に入ったから、田沼は田沼にする!」
「間違えてたけどな!」
なにが楽しのか、おバカ二人はとにかく楽しそうだ。
その後背後から声がする事はなくて、どうやら今年の入部希望者はこの六人になりそうだった。
まぁ少ないんだろうけど、三人だけじゃないってだけで御の字。
「種目決めてる?」
横からの声に顔を動かす。
山梨だ。
「うん、3000のつもり。中学から3000やってるから」
「そうか。俺は1500の予定。瀬川ってあの二人と同じクラスなんだな…うるさいだろ?」
カラカラと笑った。
「まぁね…そういえばさっき言ってた御三家ってなに?」
ああ、と声を上げた山梨は、視線をあの二人に移した。
「三組の緒方、井上、橘。うちらの学年のうるさい御三家って、ちょっと有名になってるぞ!」
またカラカラと笑った。
「なるほど…」
納得。
「つーか緒方って中学の時から有名だったよな。高跳びすげぇってさ」
「……山梨も知ってるんだ…」
一度だけ見た事のある、緒方の跳躍が脳裏に蘇った。
同じ中学に高跳びをやってる人はいなかったから、軽い衝撃を覚えた。
静かで、なのに力強くて
「綺麗に跳ぶよね…」
なんて、口をついて出た。
「中身はあんなだけど…」
なんて、また口をついて出た。
「……瀬川ってその笑顔に似合わねぇ事言うんだな」
「え?そうかな」
「陸上部希望者手ぇ挙げてー!」
遠くから声が響いた。
誰かが走って来る。
手ぇ挙げてって、そんな小学生みたいな事を…
先輩だったらどうしよう…
「はいっ!陸上部希望です!」
「俺もっ!」
勢いよく手を挙げた御三家のうち二人を横目に、一応手を挙げる。
「我が陸上部へようこそ!」
ああ…やっぱり先輩なんだ…
「俺は二年の戸倉だ!部長が委員会で遅れるから、代わりにお迎えに来たぞ!」
なんだか元気な人…
「今日は二、三年に混ざってアップ取ったら、歓迎イベントでリレーやるから楽しみにしてて!」
戸倉という先輩に連れられて、グラウンドへと移動する。
「戸倉先輩は種目なにやってるんですか?」
緒方って人見知りとかしないのかな…
しないだろうな…
「俺は110mハードルだ!ハードル希望者いるか?」
誰も返事をしない。
「いない…寂しいけどまぁいいか!でだな!うちの陸上部は先輩呼びしないから!”戸倉さん”て呼んでくれ!」
先輩呼びしないんだ…
「えっ?!なんでですか?!」
「例えば俺と、えーっと君、名前は?」
「井上です!」
「井上か!元気だな!例えば俺と井上だけで会話してたとするだろ?その時俺は井上の事”井上”って呼ぶけど、井上は俺の事”先輩”って呼ぶだけで会話成立しちゃうじゃん?うちの陸上部上下関係厳しくないからさ!仲良く頑張ろう!って事で、名前で呼び合うようになったんだそうだ!”先輩”って呼ぶより親近感湧くだろ?」
へぇ…なんかおもしろい。
「仲良くって言っても、部活は本気だからな!切磋琢磨!ビシビシ走るぞ!でも楽しい方がいいに決まってる!上下関係厳しければいいって訳じゃない!一年に準備とか雑用押し付けたりはしないからな!みんなで使う物はみんなで準備して、みんなで片付けるんだ!」
「セッサタクミって誰ですか?」
「俺も井上と同じとこ気になりました!」
「人名になっちゃってる!」
「俺拓海って名前なんだよ…無駄にドキッとしたわ…」
「おっ!お前ら早くも息ぴったりだな!切磋琢磨だ!頑張るぞ!って感じの意味だ!」
おバカ発言全開の井上に緒方。
またツッコミ入れた田沼。
苦笑いしてる山梨に、切磋琢磨の意味を雰囲気でしか理解してない事が伝わってくる答えを教えた戸倉さん。
それをにこにこと眺めてる渡辺。
やっぱり騒がしくなるのは避けられないんだな、と思いつつも、戸倉さんの話はなんだか新鮮だった。
中学の時は準備も雑用も、基本一年生がやってたから。
語尾に全部ビックリマークを付けてるような、元気な話し方をする戸倉さん。
その話し方から、部活が楽しいのが伝わってきた。
既に集合していた二、三年生に向かって、名前と希望種目だけの簡単な自己紹介をして、すぐにアップに入った。
中学の部活を引退してから、ほとんど走る事もなかった身体は、重たく感じた。
遅れてやって来た部長が加わると、戸倉さんの言っていた通り、リレーをする事になった。
自分達一年生を含めて30人程の陸上部員を、一年生全員がバラバラになるように六つのチームに分ける。
「人数調整しろよー!あ!せっかくだからな!二回走るやつが出るチームは一年に走ってもらおうか!」
そう笑った部長。
この人も明るくて、部活を楽しんでいるのが分かる。
俺のチームは人数が揃ってて、二回走る事にならなくてよかった…なんて安心した。
この重たい身体で二回走るのは辛いから。
ご丁寧に持ち出された雷管ピストルが、スタートを告げた。
「井上早いな!」
驚きの声を上げたのは渡辺。
確かに走るその姿は、驚く程意外な綺麗なフォームをしてる。
走ってればかっこいいじゃん…
ずっと走ってればいいのに…
自分の番が近づき、コースへと移動する。
わっと歓声が上がって、思わず顔を上げる。
「あれ緒方だろ…監督が言ってたやつ…」
「足もクソ早えーな…」
そんな先輩達の呟きに、妙に納得してしまう。
ああ…
きっと緒方は俺とは違って、引退した後もトレーニングを積んできたんだろうな…
自分もやっとけばよかった…なんて、重たい身体でらしくない事を思う。
先輩から回ってきたバトンを手にグラウンドを駆け抜けて、また先輩にバトンを手渡す。
上がった心拍。
荒く繰り返す呼吸。
久しぶりの感覚に、ゾクリと喜びを感じた。
リレーが終わると今度は部長に連れられて、倉庫や部室の場所だとか、部活のメニューについてだとか、そんな説明を受けた。
仮入部初日という事で、一年生だけ先に部活は終了。
教えてもらった部室で制服に着替える。
「すげぇ!ロッカーにもう俺達の名前がある!」
嬉しそうなのは、走ってればかっこいい井上。
「まだ仮入部なのにな…逃がさねぇって言われてる気がすんな…」
苦笑いの山梨。
山梨とは気が合うかもしれない。
俺も同じ事を思った。
まぁ逃げる気なんかないけどね。
「先輩みんないい人達だったな!」
緒方も嬉しそうだ。
「先輩呼びしないってのは驚いたけどな」
渡辺は落ち着いてて口数少なめで、真面目で誠実そうな雰囲気。
「明日の朝メシベーコンにしてもらおう!」
「脈絡ねぇな!我が友ベーコン確かにインパクトデカイけども!」
井上の突飛な発言にツッコんだのは田沼。
部活開始前までは三人だけにならないか不安だったのに、この六人で頑張ってくんだって思うと、またらしくもなくやる気が出てきたのは、今日初めて顔を合わせたとは思えない雰囲気だからかもしれない。
「そういえば井上足早いんだな!びっくりした!」
「緒方に言われるとか!ちょっとなんかフクザツな気分だけどな!中学の時あとちょっとで県大会行けたんだ!高校では絶対行ってやる!」
なんか井上って、陸上やってる時はちゃんとしてるんだ。
「中身は残念なのがもったいない…」
「瀬川…お前やっぱり言う事似合わねぇな…」
隣にいた山梨は口元をヒクヒクさせてる。
「あれ?口に出してた?ごめんごめん」
「その笑顔が怖いわ…」
六人しかいないとは思えない、騒がしい部室。
俺は県大会とか行けるような実力はないけど、この場所で本気で部活に打ち込むのも悪くない。
徒歩圏内に自宅があるからと、元気に手を振る緒方と校門で別れ、電車通学の五人で駅へと向かう。
井上は相変わらずうるさく喋り続けて、田沼はそれにいちいちツッコミ入れて、渡辺は穏やかに笑って、山梨はため息混じりに口を挟む。
こんな感じの毎日になるのなら、高校生活、楽しくなりそうかも。
これから部活、楽しみだな。
薄暗くなり始めた空の下、そんな事を思った。
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