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「マコトって、どんな漢字書くの」
声は素っ気ない。けど手は重なっている。
「りっしんべんにシンジツの真。シンは…タツキって言うんだね」
「うん、十二支の辰にキレイの綺。俺の名前、なんだ…」
夕方。車窓からは夕日が差し込んでいた。もう今年も一ヶ月を切りそうな時期だ。日がくれるのはとても速い。それは夜の到来が早いことも意味していた。
タクシーの中。
俺とマコトは互いの顔じゃなくて重ねた手を見ていた。俺の手の上にマコトの手。
冷たくて大きくて、細くて繊細で、
…新とは大違い…
新はもっと暖かい。そして無骨だ。マコトよりも少し男っぽい手をしている。マコトはどっちかって言うとピアニストみたいな、花を摘みそうな手だ。
…花を手折って、枯らしてしまう…
なぜか不思議とそんなイメージがわいた。俺はそれを振り払うように目線を窓の外に移した。
しばらくぼぅっとしていると
「静思夜っていう漢詩を知ってる?」
急にマコトはそう聞いて来た。俺は知らないと頭を振る。
「牀前月光を看る
疑ふらくは是れ地上の霜かと
頭を挙げて山月を望み
頭を低れて故郷を思ふ
っていう李白の詩なんだ。旅の途中、眠れない夜、故郷を思って呼んだ唄。俺はこの唄が好きでね、高校一年の教科書に載っていたんだが授業では扱われなかったんだ」
「それは、残念だったな」
「あぁ、でも、ずっと心の中に残っている。月明かりが霜に見えるっていうのはさ、俺なりの下手な解釈なんだけど…」
俺はそっちを見た。なんとなくマコトがこっちを向いているような気がして、見なきゃいけないと思ったからだ。
マコトは俺を見ていた。
息を飲んだ。すごく、綺麗な顔をしていた。心臓が止まったんじゃないかって思うくらい、率直に綺麗、だと。
「故郷に帰りたくて、寂しくて、涙で霞んだからじゃないかなって。すまない、急にこんな話。何だか君には言っておきたかったんだ」
まこと、と
「まこと、俺、消えないよ。だから泣きそうな顔すんな」
この時俺はマコトの名前をどっちで呼んだかわからなかった。
客として呼んだのか、それとももっと別の何かか。
この時俺はわからなかった。
…なんで消えない、なんて
消えるのはいっつもそっち側の人なのに。
*
牀前→しょうぜんと読みます。ベッドなどの寝具の前、という意味です。
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