アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
家族のカタチ
-
学校から帰ると、全裸の男が口に菊を縦にくわえて、居間の真ん中で膝立ちしてた。
胸を反らして上を向き、口にくわえた大輪の菊が真っ直ぐ上向きになってるとこに、ビミョーなこだわりがうかがえる。
「……何やってんの?」
冷やかに訊くと、男はわざわざ口から菊を引き抜いて、「一輪挿し」つって真顔で答えた。意味が分かんねぇ。
ため息と共にドアを閉め、回れ右して出て行こうとすると、「待ってェ」と情けない声で呼び止められた。
「行かないで、菜野くーん。無視されるとパパ、辛いわぁ」
って。そう思うなら、ちょっとは父親らしい格好をしろっつの。全裸の露出魔だし、一輪挿しのヘンタイだし、服を着れば花柄ばっかだし、オネェだし……ホモだし。これが実の父親だって思うと、ますます殴りたくなってくる。
親を交換できるなら、迷わずチェンジするだろう。華道家・花園六花は、オレにとってそういう男だった。
自宅兼店舗の階段をダダダダッと駆け下りると、ふわっと花の匂いがオレを出迎えてくれた。
ちょうどお客がいなかったようで、店内にいるのは作業台に向かう青年が1人だけ。
「トモさぁん、もうヤダあのヘンタイ。さっさと連れて帰ってよ」
声を掛けると、紺色のエプロンを着けた店員が、手を止めて振り向いた。
「ああ、お帰り」
作業台で花束らしきものを作っていたのは、少し髪の長い、背の高いイケメンだ。この店の売り上げの半分は、彼の容姿と人柄とで保たれてる。
うちの1階は花屋だ。
というか、花屋の2階にオレが住み着いてるって言った方が正しい。一応、あのヘンタイが建てた大きな自宅があることはあるけど、高校入学と共にそこを出て、ここに転がり込んでいた。
住み着いてるといっても、よそんちに強引に居候してる訳じゃない。
ここは、亡くなった母が生前切り盛りしてた店で、オレたち花園家の原点でもあった。母に代わって店を開いてくれてるのは、イケメン店員のトモさんだけど、店と土地の名義はオレ。
つまりオレはここのオーナーで、だから、2階に一人暮らしする権利だって主張するのは当然だった。
どうしてオレが大きな自宅を出たかと言うと、月並みだけど、オヤジが恋人を連れ込んで、一緒に住むんだとか何とか言い出したからだ。
しかも、ヘンタイでオネェでホモのオヤジの恋人は、男だ。恋人じゃなくて「パートナー」だとか抜かしてたけど、呼び名なんてどうでもいいっつの。
相手の人はいい人だけど、それとこれとは別だ。
思春期の健全な高1男子としては、家を出たくなって当然の状況だろうと思う。だから……。
「じゃあ、菜野くんに自宅まで配達お願いしようかな、あの一輪挿し」
そんなトモさんからの依頼は、悪い冗談としか思えなかった。自分を花瓶に見立て、菊をくわえるヘンタイの姿が、バッと頭によみがえる。
「一輪挿し、って」
顔をしかめてイヤそうに言い捨てると、店頭にドーンと貼られた大きなポスターを指差された。
――華道家・花園六花個展、『1輪の究極』――
そんなタイトルと共にポスターに描かれてるのは、さっき2階にいたまんまの姿のヘンタイだ。
腰から下は見切れてるけど、きっと全裸に違いない。なまっちろい胸を反らし、顔を上に向けて大輪の菊をまっすぐ縦向きにくわえてる姿は、こうして見るとますますヘンタイとしか思えない。
こんな男が、TVや雑誌やネットできゃあきゃあと持てはやされ、裸族系オネェ華道家として人気を得てんだから、世の中腐ってる。
「なんでこんなポスター貼ってんの……品位が下がるよ?」
呆れたようにため息をつくと、トモさんは軽く肩を竦めて「お得意様だろ」って苦笑した。
彼の指摘通り、ポスターのその個展に使われる花は、この店からの提供だ。
個展だけじゃない。華道教室に使われる花も、TV番組の中で生け花の実演するときに使われる花も、全部。
この店の売り上げのもう半分は、あのヘンタイオヤジからの発注で保たれてる。それはオレにとっては不本意なことで――でも、母の生前からずっと、当たり前のことでもあった。
店の名前は「フラワー・ガーデン」。花園家の花園家による、花園家のための生花店だ。
白の大輪の菊に、白いカーネーション、白いユリ……。白をベースにした中に、濃紺色のりんどうがよく映える。
トモさんが作業台で丁寧に作ってた花束が出来る頃、階段の音を響かせて、服を着たヘンタイが降りて来た。
裸か花柄かっていう2択はやめて欲しい。1万歩譲って花柄はいいとしても、フリルはやめろ。
オレの魂の叫びを込めた視線を無視し、ヘンタイオヤジはトモさんの腕に抱き着いて、「できたぁ?」と甘えた声を上げた。
「できたよ、ご注文通り」
ヘンタイオヤジを相手にする、トモさんの返事はちょっと甘い。
いつもの接客スマイルより、ほんの少し笑みが深くて、視線の向け方も柔らかい。その辺のこと、本人に自覚はあんのかな?
「んー、いいわね。千夏も喜んでくれそうじゃない?」
花束をしげしげ見て、満足そうに親父がうなずく。
千夏ってのは、5年前に亡くなった母の名前だ。オレは2人が20歳の時の子供だから、享年31歳。交通事故だった。
突然の母の死に、ボロボロになった親父を支えてくれたのが、トモさんだ。
両親の共通の友達だったらしいけど、詳しいことはよく知らない。ただ、会社を辞めてまで駆けつけて来て、店も父も助けてくれた彼のことは、率直に恩人だと思ってる。
その後、何かを吹っ切ったみたいに復活した親父は、オネェになり花柄フリルになり、裸族系のヘンタイになって、トモさんと付き合うようになった。
トモさんが、何を気に入って親父に良くしてくれんのか、その辺のことは分かんねぇ。
こうして亡母のために花束を作るとき、何を考えてんのかも分かんねぇ。ただ、彼の持つ雰囲気は穏やかで温かくて、大きくて、ホッとすんのは確かだった。
「母さんに花? 墓参りでも行くの?」
花柄フリルオヤジに訊くと、「あんたも行くのよ」ってオネェ言葉で言われた。
母の墓は、歩いて10分程先の寺の墓地にある。毎日通う程は近くないけど、行くのが面倒な程遠くない。
「トモさんは?」
「オレは後でいーよ。家族2人で行ってきな」
エプロン姿のまま、作業台の片付けを始めた店員を、それ以上誘うこともできない。
「トモォ、後でねっ」
「ああ、行っておいで」
オネェとイケメン、バカップルのやり取りを横目に見ながら、「行くぞー」と先に店を出る。
「ああん、待ってよぉ。パパと手ぇ繋ぎましょ」
後ろからオネェが何やら言ってきたが、軽く無視して足を速めた。負けじと小走りに追いかけて来た親父に、背中から「ドーン」とタックルされる。
ふわっと香るフラワー系の香水。
やめろとかキモいとか、無茶苦茶に罵倒する程子供じゃねーし、もうどうにもならないから、ため息をつくしかできない。「ドーン」って、効果音を口にすんのはやめろ。
「邪魔」
「もおー、反抗期なんだからぁ」
頬をふくらせたって、36歳のオネェは可愛くねーし、オレは別に反抗期でもなかった。言い返す気力も、ツッコミする元気もなくて、ちっ、と舌打ちして目を逸らす。
こんな時にトモさんがいれば、「まあまあ」って宥めてくれるんだけど、ない物ねだりしても仕方なかった。
お盆にも来たばっかだから、花園家の墓はキレイだった。
「ねぇ、パパもう疲れちゃった。菜野くん、おんぶぅ」
墓地への道中、ヘンタイオネェにそんなたわ言を言われつつ、「うるせー」と振り払ったりして、すげぇ疲れた。
母親ならともかく、なんで父親と手ぇ繋いだり、おぶってやったりしなきゃいけねーんだ? 意味分かんねぇ。
ただ、バカバカしい言動は相変わらずだったけど、1歩墓地の中に踏み込んだ途端すっと黙り込むんだから、ヘンタイでも一応、TPOってのをわきまえてはいるようだ。
やれやれと座り込んで、周りの雑草を抜き、枯れたシキミの葉っぱを拾い、墓石を水で洗う。古くなった花を取り、花立てに水を足せば、最後に裸族系オネェ華道家の出番だ。
トモさんに渡された花束を広げ、きっちり2つに分けながら、真剣な顔で花立てを見る。
まず活けるのは、大輪の白菊。それから白ユリに、カーネーション……。
チョキン、と時々ハサミの音を響かせながら、母の墓を彩ってく親父の横顔は、いつもひどく真剣で、優しい。
オレといる時とも、トモさんといる時とも違う、情熱的で真剣な顔。TVや雑誌で見るのとも違うその様子は、かつて母だけに見せてた、若き華道家の姿なのかも知れなかった。
「六花がさ、なんでいきなりオネェになったのか、菜野くんは知ってる?」
線香をあげて拝んだ後、墓地に親父を残して店まで戻ったオレに、トモさんがぼそりと訊いた。
唐突なその問いに「は?」と振り向くと、トモさんは脱いだエプロンをたたみながら、眉を下げてオレを見てた。
「……色々吹っ切って、振り切れちゃったってことじゃねーの?」
「まあそれもあるんだけど、1番の理由はね、女避けなんだよ」
「女避け?」
確かに黙ってりゃ美形だし、結婚してても相当モテたらしいから?
一瞬納得しかけて、待てよ、と思う。裸族系オネェ華道家として、あのヘンタイオヤジはTVやネットを通じ、一部の女子にきゃあきゃあ言われてるハズだ。女避けになってなくねぇ?
けど、オレのそんな見解に、トモさんは「まだまだだなぁ」ってふっと笑った。オネェとしてモテるのと、男としてモテるのとは180度違う、って。何が違うのかっていうと、本気度だって。
つまり、恋愛対象としては見られにくいってことらしくて、それはそれでどうなのかと思う。恋愛対象じゃないなら、なんで人気あるんだろう? イロモノ枠?
黙ってモヤモヤ考えてると、更に言われた。
「モテるかどうかはともかく、周りがね。再婚しろってうるさかったらしいよ」
「はあ!? マジ?」
そんな話は初めて聞いた。
再婚、って。冗談じゃねぇ。見ず知らずの女が母親面してうちに来るのかと思うと、想像しただけで鳥肌が立つ。
「……それでオネェ?」
女避けの意味は分かったけど、発想が飛躍し過ぎだろう。
「可愛いだろ?」
ふふっと笑うトモさんを、呆れたようにじとっと睨む。あれを可愛いとか思うのは、トモさんだけだ。
「つまりね、千夏さんと菜野くん以外の家族はいらないっていう、決意表明みたいなもんだと思うよ」
眉間にしわを寄せるオレに、トモさんが穏やかな笑みを返す。
正直、それは今一つピンと来ない言葉だった。だって実際、親父は今、ひとりじゃない。
「……だからって、男ならセーフってことにはならないだろ?」
「あはは、まあね」
トモさんは破顔して、店頭に並んだ中からキキョウを1本、手に取った。
「でもオレは、花園家の墓には入らないからね」
チョキン、と響くハサミの音。
短く切ったキキョウをシャツの胸元に差し込むトモさんが、一体何を考えてんのか、オレにはよく分からない。
何をオレに伝えようとしてんのか、それも分からない。
オレにとって31歳は十分オトナだと思うけど、それでもそこから一生ひとりでいろっつーには、若過ぎるだろうって、それくらいは分かった。
トモさんがいなけりゃ、立ち直ってなかっただろうってことも分かってる。
トモさんは恩人だ。
恩人で、うちの店員で、親父の大事なパートナー。
露出狂でヘンタイでオネェな親父の、一体どこが気に入ったのか知らないけど、トモさんが側に居たいって言うなら、別に好きにすればいい。
親父だって、再婚したくなかったのは、トモさんの側に居たかったからじゃないのかな?
母の残したこの店で、イチャイチャすんのはちょっとやめて欲しいけど、親父といる時、ほんの少し笑みが深くなるこの人のこと、オレは嫌いにはなれなかった。
「何が言いたいか知らねーけど、家に帰れって話ならゴメンだね。それに、今更オネェじゃねぇ親父なんて余計にキモいだけだから、今のままで別にいーよ」
オレはわざとバッサリ言って、それからしっしっと追い払うように手を振った。
「墓地で親父、待ってんだろ? 変質者がいるって通報されねぇ内に、早く回収して連れてってよ」
オレの視線の先にあるのは、店頭にデカデカと貼られた、裸族系オヤジの一輪挿しポスター。あそこまでヘンタイなとこ見せられて、真面目な話を振られても困る。
「そうか……そうだな」
トモさんが、オレの言葉にふふっと笑った。
背が高くてイケメンで、穏やかで優しくて――まったく、なんでこんな人が親父の側にいてくれるのか、未だによく分からねぇ。
キキョウの花言葉は、永遠の愛。それを胸に差し、恋人を迎えに行く彼の後ろ姿を、エプロンを着けながらやれやれと見守る。
「……一緒の墓に入るだけが、家族じゃねーだろ?」
ぼそっと呟いた言葉が、聞こえたかどうかは知らない。
仕方ないわね、と、なんだか墓地で、母も笑ってるような気がした。
(終)
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
1 / 1