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生傷
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「う…、ぁ、やめ、て…っ ごめん、なさい…っ はぁっ あっん…! も…、許して…!」
『やめて』
『許して』
『ごめんなさい』
何度も何度もそう言った
それでもやめてはくれなかった
だから今度は俺の番
どんなに痛がろうと
絶対に優しくしてあげない
いくらやめてと懇願されても
絶対にやめてあげない
どんなになこうと絶対に
ーー許してやらない。
カツン、と眼鏡のフレームが机に触れて、自分がうたた寝していたことに気づく。ズレてしまった眼鏡を指で直しながら黒板の上の時計に目をやると、ちょうど6時間目が終わる時刻だった。チャイムと同時に周りの生徒は乱雑にノートを閉じ、気怠げな生徒の声が授業の終わりを告げる。
気怠くなるのも頷ける。夏休みは1ヶ月ほど前に過ぎ去ったくせに、夏の熱気が肌にまとわりつくのだ。それなりに不快感はあったが、この程度のことではもう、俺は何も感じない。
これよりもっと不快なことが、記憶の中にあるからなのだろうか。
半ば作業のようにホームルームが終わり、まだ目覚め切れていない体で帰り支度をしていると、隣席の友人が肩をつついてきた。
「水野、なんかさっきティーチャーがお前のこと呼んでたぞ」
どうやら6時間目…うたた寝をしている最中、生徒数名が放課後に呼び出しを受け、俺もその1人に入っていたらしい。呼び出しを受ける理由に心当たりがなく、俺は首を傾げながら招集場所である進路指導室へ向かった。
「…お、水野。やーっと来たか」
進路指導室の扉を開けると、担任の先生が何か書類を眺めながらパイプ椅子に座っていた。呼び出された生徒は既に話を終わらせ早々に帰宅したらしく、先生の様子から自分が一番最後なのだと悟った。初めて訪れた教室なので実は迷っていた、というのは秘密にしておく。俺は椅子に座るよう促されたのを遮って、本題を切り出した。
「先生、俺、何かしましたか」
「あ、あぁ…いや、呼び出して悪かったな。クラスで話しても構わなかったんだが、放課後じゃうるさい奴らが溜まってるから話にくいかと思ってさ」
自然と、あぁ、と頷いてしまった。
俺のクラスの教室はいつも、放課後になると不良たちが帰宅せずに留まって駄弁っているのだ。確かにあの環境下では静かに話ができない。俺の前で先生は、書類の中の1枚を取り出して言った。
「この前、卒アル関連のアンケートあっただろ? 高2になった自分が今までを振り返って、高校入るまでの思い出を書く、みたいな。 あれさ、お前のアンケート用紙、中学の項目が空白だったじゃないか。 実はこれ卒アルにそのまま使うから、空欄があると困るんだよな。何もなかったか? 書くこと」
「書くこと、ですか…」
渋る俺を見た先生は、ジト目でじぃっとこちらを見つめた。
「…もしかして…、お前、そんな優等生みたいな見た目に反して中学の時グレてたのかぁ?」
「はぁ? ありませんよそんな過去」
「いやいや、お前みたいに普段問題起こさないおとなしーいやつのほうが、案外やんちゃしてたりとかするからな」
コロコロと笑う先生を、俺はジト目で睨み返す。
「で、どうすればいいんですか。俺用事があるんで早く帰りたいんですけど」
俺の冷たい声音に、話が脱線したことに気づいた先生が背筋を戻してアンケート用紙を渡してきた。
「別にそれで載せてもいいんだが、空欄っていうのも意味深すぎだろ? 一応、なんでもいいからとにかく、何か書いといてくれ。部活が楽しかったー、とかでもいいからさ。 提出は今週中ならいつでもいいから」
そう言われ、俺はその場でアンケート用紙の空欄を「部活が楽しかった」と埋め、驚いた表情の先生に帰りの挨拶をし、足早に進路指導室を出た。
昇降口まで向かう途中、俺は心の中で先生にひとつ謝罪した。
思い出なら、
本当は酷く鮮明に刻まれているものがあるんです。
もし、ペンを取り、そのことを吐露するならば、きっとあの欄の中には収まり切らない。それどころか紙1面を、歪んだ文字で真っ黒にしているだろう。
俺の中学の時のページを、真っ黒にした。
その元凶である人間が、
今現在、同じクラスの教室にいるやつだなんて、
優しい先生は知らなくていい。
俺の足は、街中の駅へと向かう。
痛々しい記憶を共有する人に、俺はこれから会いに行く。
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