アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
真っ黒なページ
-
再び体育館裏に呼び出される時は、俺は人の皮を被った狼のはずだった。
だが現在の状況は、いくら中の狼が周到にたぎっていても、迂闊に皮を破り剥いで相手に飛びかかれるものではなかった。
俺の計画は、矢代が俺にいじめを手伝わせることを条件に成り立つ話であった。矢代を油断させるどころか警戒させてしまえば、一気に鈴谷を救う道が狭まる。
しかし事態は不運にも、俺からその空間へ近づいてしまったために、最悪な方向へと流れてしまったのだった。
日は薄く黒ずんだ雲の隙間から、異様なほど赤い光を零していた。露出した夕日の中、運動部の掛け声や、吹奏楽部からの楽器の音が耳にふれる。放課後の日常的な風景の中でも、裏で汚されている鈴谷の姿が頭を占めた。
幸い、あの日見せつけられた鈴谷の画像はまだネットに出回っていなかった。だがそれは反対に、画像の流出がただの脅し文句で終わらせるつもりがないことを遠回しに告げていた。
鈴谷に駆け寄り守れないことが心苦しい。だが今は機会を伺うべきだ。脳内に殺伐とした空気を循環させている時、俺は部活仲間からのパスを取り損なってしまった。
俺は詫びて、遠くに飛んでいったボールを探しに、体育館裏のほうへ駆け寄った。
ちょうど、植木の茂みが俺を囲んだ時。
遭遇してしまったのだ。
鈴谷の、いじめの現場。
俺の身動きの取れない目と、鈴谷の悲痛に歪んだ目が結ばれてしまった。
鈴谷の後ろには、冷えた目で楽しそうに傍観している矢代があった。相手もこちらに気づいている。俺の足はセメントに埋まってしまったように動かなくなった。耳障りな矢代の声が聞こえる。
「…あれー、水野じゃん。 なんだよ、お前もとうとう混ざりに来たとか? よかったなぁ、鈴谷ぃ、好きなやつにいじめてもらえて~」
矢代が鈴谷のさらりとした髪を荒く掴んだ。鈴谷への乱暴は、俺が想像していたものより酷いものへとエスカレートしていた。ガラスの破片が眼球に刺さるように、許しがたい光景が俺の目を支配する。
はだけたシャツからのぞく、肌の上の赤い痕。
ズボンを脱がされかけ、あらわになった脚。
弱々しく呻く口は、何をされたのか薄く血が滲んでいた。その唇が、かすかに動く。
「みず、の…」
痛ましいほど衰弱した声音で鳴いた。恥辱を受けている姿を見られ、酷く顔を赤くした。一度として、そんな声で名を呼ばれたくなかった。
だがそうさせているのは
俺だ。
悔しさを奥歯で噛み殺す。脳内で出来上がっていたビジョンはもう崩壊してしまった。
どうすれば、どうすれば鈴谷を救える?
どうすれば。
繁雑な思考の蠢きを停止させたのは、矢代がハサミを持ち出した映像だった。
「じゃあこれから人間の解剖を始めたいと思いまーす」
何を言っているのか、理解出来なかった。
矢代が、鈴谷の頭部に刃先を向けた。
刃の鋭い先端が、どんどん鈴谷に近づいていく。
「…やだ」
もうやめてほしかった。
「…嫌だ」
向けられた銀色の刃が、とうとう。
「嫌だ…!」
鈴谷の薄茶の髪を、噛んだ。
ハサミが髪を切り刻む音に便乗して、矢代たちの歪な笑い声が校舎のコンクリートを震わせる。艶のある髪が涙と混ざりながら、散り散りに落ちていく。自分の心まで、切り落とされた気がした。
呆然と立ち尽くす俺の目の前で、鈴谷はそれでもなお必死に抵抗していた。
力なく抗ったその拍子。
鈴谷の白い頬に、赤い線が走った。
衝動的に地を蹴ろうとした瞬間、再び俺の足が縛られる。鈴谷の視界に映らないよう、その背後で、矢代が俺へスマホの画面を向けていた。 先に準備を万端にしていたのは矢代だった。 画面はもう、たった一つ指を動かすだけで、鈴谷のあの画像が投稿できてしまう状況だった。
視線をそのまま下に流して、鈴谷と目を合わせる。
健気に反抗する鈴谷の潤んだ目は、もう俺に助けてほしそうだった。
胸のあたりから放たれる非常にうるさい心臓の鼓動が、二つの選択肢の前で立ち尽くす俺をしきりに急かす。もう耳も、目も、塞ぎたかった。いっそのこと、身体の全てを潰されたい。鈴谷がもう、一生、被害を受けずにすむのなら。だがそれはもう叶わない。
今鈴谷をかばって画像を流されるか。 今は引いて鈴谷の名誉を守るか。
もう、
もう鈴谷に手を伸ばしたい。
もう鈴谷を抱きしめたい。
抱きしめて、鈴谷が受ける痛みを全部、全部代わりに受け止めたい。
でもそんな、感情任せに動けば、
鈴谷がこの世界で生きていけなくなる。
そんなの明確だったのに。
それでも俺は
俺は。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
4 / 20