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もしあのとき、逃げることなく突き放していたら、
僕はこんなに痛くなかったのだろうか。
いつかはこんな日が来るんじゃないかって、
僕が恐れていたのはまさにそれだから、
結局同じ結末に向かうこの物語を、滑稽にさえ感じて笑ってしまった。
==雪 side==
結局、僕と薫先輩は理事長室フロアで仕事をするようになった。
幸か不幸か翔兄とはち合わせることもなくて、ホッとしたようなガッカリしたような。
何度か連絡してみようと携帯を取り出したりしたけれど、結局感傷に浸って終わり。
1年前とは違う機種の携帯を見つめていると、
結局変わったのはこういったちっぽけな部分でしかないんじゃないかと思う。
携帯のメモリは1年前とは全く違ったデータで溢れているけれど、
頭のメモリーを独占しているのはずっと前から変わらないから。
「結局、薫先輩とこうやって仕事してるってなんだか変ですね」
「不満ですか?」
「え!そんな訳ないじゃないですか!
いじわる言わないでくださいよ!」
「ふふ、いじわるで言ったのバレちゃいました?」
「最近薫先輩の性格が分かってきた気がします。」
僕が1年のときは、ひとつ上である彼は優しくて、頼りがいがあって、真面目なひと、というイメージがあった。
それは今でも変わらないのだけれど、最近はこうやって冗談を言い合うようになった。
お互い敬語であることは以前と変わらないのに、
親しみを持って聞こえるのは僕たちの距離が縮まったからなんだろうか。
「そうですよ?僕は雪さんが思っているような人間じゃないんです。」
「へえ?じゃあどんな人間なんです?」
「そうですねえ…、"欲しいものは何があっても手に入れる"。僕は貪欲な人間です。」
「あはは、たしかにそれは予想外です。」
「でしょう?」
薫先輩は続ける。
「例えば僕が、今この密室で何を考えているか、
雪さんには予想もつかないんでしょうねえ。」
「…?」
くすくすと笑う薫先輩はなんだかちょっと恐くて、
その言葉の真意を確かめようと思ったけどそれさえやめておいた。
カタン、
薫先輩の方から椅子の動く音がして、僕は振り返る。
彼は静かに席を立ち、少し離れたところで書類を広げていた僕のところに近付いてくるのがわかった。
「薫先輩…?」
「…。」
「…。」
彼を呼ぶ僕に応えることはなく、無言で先輩はゆっくりとこちらに歩いてきて、
ついに僕のすぐ後ろに立つ。
「先輩…?」
僕がそう言い終わるか終らないかのうちに、
薫先輩は後ろから、椅子に座る僕を抱きしめてきた。
「!」
さらり、彼の綺麗な茶色い髪が僕の頬に当たり、
僕の肩から伸びた腕は、首に巻き付くようにして優しくまわされている。
「雪さん。」
「っ」
あの声だ、と思った。
耳にキスを落とした時の、あの声。
顔は見えないけれどあの時と同じ、どこかギラギラとした目をしているのだろうか。
「雪さんに、ひとつお願いがあるんです。」
少し掠れた甘い響きが、僕の耳元で言葉を紡ぐ。
ぞくり、疼きとも似た何かで身体が震えるのがわかった。
「僕の…」
「…、」
彼は僕の手を握る。
そして、
「僕の、
代わりに資料室行って来てくれません?」
鍵を握らせた。
「………は?」
「取ってきて欲しい資料があるんですよ。」
薫先輩はそう言って、鍵ごと僕の手をギュッと握る。
「資料、室…」
「はい。」
わかりました。
そう言うと、薫先輩は僕から離れた。
だけど僕の心臓はドクドクいったままだ。
「それだけ、ですか?」
「…」
「あっ、いえ、」
「…他に何か期待しました?」
「っ」
これはいつもみたいないじわるの延長…?
「い、いえ…い、行って来ます」
わからなくて、僕はとにかくここにいたくないと思って、
薫先輩から資料の詳細が書いてある紙をもらって会議室を出る。
「少しは危機感持ってもらわないと。」
薫先輩が書類に目を落としながらそう呟いたのを、僕は聞き逃さなかった。
その声は、まだあの熱を持っていて。
危機感…
それは何に対しての?なんて思うほど僕は鈍くはない。
"普通どおり"、
そう思っていたのは僕だけ…?
薫先輩は、もしかして僕のことを…
「いやいやいやいや、」
あんなに人気のある彼だけれど、そういう噂はひとつも聞いたことがない。
だからたぶん、あれはスキンシップの一種で、僕らは先輩後輩で?
「じゃああの呟きは…?」
やばい、頭がぐちゃぐちゃしてる。
資料探しが終わったら、また彼と二人っきり。
「うああ…それは無理でしょー…」
呟き通り"危機感"じゃないけど…
意識してしまうのは、避けられないと思った。
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