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何も言わない俺にミキさんが「ナナちゃん?」と訝しげに呼ぶ。
思考が堕ちていたことに気付いたが、気付いてないフリをしてミキさんの顔を見た。
「…ミキさん、この店の【eryngo】ってどう言う意味でしたっけ?」
「えっ?……【eryngo】、日本語ではエリンジウムって言うセリ科の花の名前。花言葉は秘密の恋」
「秘密の恋…俺には周りに隠してまで恋愛をするなんて無理ですよ」
「別にリスクのある恋愛をしろとは言わない。ナナちゃんは俺と一緒で両刀なんだから」
カウンターの中での仕事が終えたのか、離れたテーブルにいる俺の元へコツコツと靴の音を鳴らしながら近付いてくる。
「…確かに、俺はどっちでもイケますが、女と恋愛するのは無理ですね」
「何で…」
「"自分よりも綺麗な人と付き合えない"」
「…実際に言われたことあるの?」
「ありますよ。ヤることヤってから言われたんですから」
「うわぁ…ナナちゃんからヤるなんて言葉を聞くとは思わなかったな」
「残念でした。俺、非童貞処女ですから」
重苦しい空気を変えたのはミキさんの言葉だった。それに俺も乗って空気を変える。
俺よりも20㎝ぐらい高いミキさんを見上げるのは一苦労だ。それを知ってか知らずか、少し距離を置いて互いに見合う。
「…それに、俺自身、そう言う感情は無駄なので」
「無駄?何故?」
「まぁ、色々と…」
笑みを貼り付けながら言葉を濁す。
俺が何を思い、考えているか…それを誰かに話そうとも思わないし話す必要がないと思ってる。
それに、ミキさんも気付いてるんじゃないかな?俺がここに来た理由を…。
開店10分前になり今日のシフトメンバーがミキさんの元に集まって話している。俺はそれを何処か遠くのことのように、カウンターに頬杖を付いて眺めた。
…秘密の恋…か。ミキさんに一度聞いたことがある。何故その言葉の意味を持つ名前を付けたのか。
今の日本は同性愛に寛容じゃない。何処に行っても偏見の眼差しで見られるんだ。
でも、ここはそうじゃない。同じ性的嗜好を持つ者が集まる。
それは、癒しを求めている人もいれば、出逢いを求めている人もいる。隠れ家みたいだけど、ここから始まる恋があってもおかしくない。
誰にも言えない秘密の恋が始まるきっかけの場所になって欲しい…そんな願いを込めて【eryngo】と名付けたそうだ。
それを聞いた時も今も、誰にも話せない恋なんてする意味があるのか…と思ってしまう。
それを話したら「ナナちゃんもいずれ分かるさ。心から誰か1人を愛するときが来たら」と言い返された。
その時のミキさんの表情は今でも覚えている。
優しく、微笑んでいた彼の姿を…。
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