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「……黙ってるってことは、そう言うことだろ?」
「っち、違う!」
「違わないな。最近お前の客からよく聞くんだよ。"ナナちゃんが焦ってるようにみえる"って」
椅子から立ち上がり俺との距離をジリジリと詰めてくる。それに比例するように、俺の鼓動が大きくなる。
焦ってるってなんだよ?
何に焦ってるのか、どこが焦ってるようにみえるのかが自分では分からない。
着替え終えた俺をロッカーまで追い詰めると、逃げられないようにか片手をロッカーに付けた。
自分よりも背の高い男が間近で俺を見下ろしている…。
心の奥底に鍵を掛けて閉めていた"あの日"の記憶が顔を出す。
……怖い……何で……何でこんなことするの……?
恐怖が脳裏を侵すから、今目の前にいるのがミキさんかどうかさえあやふやになってきた。
「……っ」
「何で好きな奴が出来たのにこんなことしてんだよ?」
「…っ……ぁっ…」
「…薺?」
鼓動が痛いほど速くなり、無意識に胸の辺りを押さえた。
流石に俺の様子がおかしいと思ったのか、ミキさんが俺に触れようとした手を思わず払った。
その時やっと、目の前にいる男性はミキさんだと認識した。
「あっ……」
「…大丈夫か、薺?」
「っ、ごめんなさいっ!」
「あっ、ちょっ…!」
どうして大切な人を傷付けることをしてしまったのだろう…今と過去を混同して自分を見失うのはやってはいけないことだったのに…。
昔は偶にこう言うことは起きていた。
しかし、高校に上がった頃からは起きなくなっていたのに…。
そして俺は、最悪な行動をしてしまった。
俺に良くしてくれる人の手を振り払い、謝ることもせずに鞄を持って走り去った。
後ろでミキさんの俺を呼ぶ声が聞こえたが、ただ今は会わせる顔がない。
…もう"あの人"はいないんだ…頭では分かっているのに、あの時感じた絶望や諦めは拭えない。
ごめんなさい…そう心で何度も何度も謝った。
そのごめんなさいがミキさんに向けてのモノなのか、それとも"あの人"へ向けたモノなのか分からないまま…。
急いで裏から出てきたからか、俺の姿を見たボーイや客は何事かと俺に注目する。
俺はそれに気付かずに、佐合さんが待つ場所へと向かった…。
俺が店以外で常連さんと会う場合、店ではなく別の場所で待ち合わせにしている。
俺がこう言うことをしていることは知っている人もいるが、知らない奴もいるから。
「っ佐合さん!」
「お疲れナナ……何かあった?」
「えっ、どうして?」
「顔色が悪いよ…何か触れられたくないことを言及されたようだよ」
待ち合わせ場所は店から離れていない、ホテル街に入る入り口だ。
佐合さんの的を射た言葉に口を噤みそうになったが、「何言ってるんですか。俺体力ないのにここまで走ってきたからですよ」と何ともないように言い放った。
納得はしていない表情だが、一刻も早くこの何とも言えない感情を散らしたい…。
「それよりも、早く行きましょうよ」
佐合さんの腕を自分から組んで歩みを進めた。
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