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「だったら、俺は承諾するから、サトルに俺のところに行けと伝えろ。お前の命令ならなんでも聞くだろ」
「それは……出来ない。俺が言ったらあの子はどん底に落ちる。病気のことでたくさん泣かせたからね……もう悲しませたくないんだ」
こちらを振り向いたハルオミは何とも言えない表情をしている。
俺は小さく溜め息をついて、背もたれへ深く腰かけた。
「本当にめんどくさい奴だな、ハルオミ。回りくどいと嫌われるぞ」
「レナードはストレート過ぎるんだよ。レナードと俺を足して割ったらいい感じになるんじゃない?」
「やめろ、考えたくもない」
「だよね」
ハルオミは苦笑して、窓へ身体を預ける。そして、腕を組むと、顔を横に逸らして続けた。その視線はまっすぐだったが、やはり何を見ているのかはさっぱりだ。
「明日死ぬかもしれないし、何年も生きるかもしれない。けどね、終わりが近いのは嫌でも感じてるよ。前に疲れたから休憩がてら日本中心で仕事してるって言ったよね。疲れたんじゃない……出来ないんだよ。やりたくても、出来ない」
「ハルオミ……」
「頼むよ、レナード。他のみんなの引き受け先もちゃんと考えてる……けど、特にあの子は変なところに拾われたくない」
「前から思っていたが、ハルオミとサトルは特別な関係なのか?」
「……どうだろうね。でも、俺にとってあの子は特別。……レナード、悟はね本当に素直で良い子なんだ。悟のことが好きなんだろう? 俺の代わりにあの子のすべてを愛してあげてよ。泣かせたら、許さないからね」
俺の代わりに愛してあげて。そう言うハルオミは辛そうに、でも、精一杯笑っていたと思う。
そして、最後に「悟を、よろしくお願いします」と頭を下げたハルオミに、俺は何も言えなくて、とにかく「わかった」と相槌を打つしかなかったのである。
結局、ハルオミとは、ここで会ったのが最後となってしまった。今思うと、もっとたくさん話したいことがあった。それが今更たくさん出てくるのが悔やまれる。しかし、ハルオミが亡くなる前にサトルの話をしておいて良かったと、どこか一安心する気持ちもあった。
それから、ハルオミの葬儀の際、サトルへ次の場所は決まっているのかと聞くと、まだのようだった。まだそういう気持ちになれない、と。あれだけ慕っていたのだから、仕方ないことであろう。だから、俺はサトルへ気持ちが決まったら俺のところに来てくれ、と伝えておいたのだ。
その数ヶ月後、イギリスでの仕事を片づけて、俺はハルオミの眠っている墓へ出向いていた。
サトルとは、それから何もない。まさか他の主へ仕えているということはないだろうが、何も音沙汰がないため、心配で仕方がなかった。これではハルオミに早々怒られてしまいそうだ。なんとか数日間、日本に滞在することが出来るまで漕ぎつけたので、ここで決着をつけたいところである。
ハルオミの墓が見えてくると、そこにはすでに誰かがいた。俺はその人物に瞳を開く。
「サトル……」
そこにいたのはサトルだった。サトルの姿を見た瞬間、駆け出しそうになったが、その足はすぐに止まってしまう。
サトルは、泣いていた。数ヶ月経った今でもハルオミの墓の前で、涙を流していたのだ。ハルオミがサトルへ俺のところへ行けと言えれなかった理由が、ようやくストンと落ちてきたような気がする。
けど、それよりも──。
(お前が泣かせてどうする、ハルオミ……)
俺は、泣かせたら許さないからね、とハルオミから言われたことを思い出していた。
涙を拭ってやりたい。ハルオミに向ける笑顔を、この目で見てみたい。
しかし、手をサトルへ伸ばしたところで、その手は虚しく落ちていくだけだった。あの涙を止めることが出来るのはハルオミしかいない。だが、そのハルオミはもうこの世にいない。
「……ああ、くそっ」
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