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待ち人来たり。 そのろく
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「どうして、急に”服を買う”なんて言いだしたんだ」
先程の店から離れ、すこしブラブラと歩いてから、秀治は問う。
すると、年下の男はぴたりと歩くのをやめた。突然の行動に驚きつつ、秀治も合わせて立ち止まると、智紀は身長差をうまく利用してわざとらしい上目遣いをした。
女性のように甘ったるい、媚びを含んだものではないけれど、それと近しいものを感じた。もともと甘めに整っている顔立ちのおかげか、本来ならば女がするはずの武器を使ってもあまり違和感がない。大学生の男に対して思う気持ちではないけれど。そして、そのまま捨てられた子犬のような頼りない表情をつくって聞き返してくる。
「いやだった?」
零されたことばに瞠目する。いつだって自分のテンポを持ち、マイペースを貫く彼の不安が覗く声に秀治はやさしく「嫌じゃないよ」と告げた。そんな顔と声は、ずるい。べつに本当に嫌なわけではなかったけれど、そうとしか言えなくなる。生まれつき世話焼きで、人より庇護欲の強い秀治は、そんな──ひとりでは生きていけなさそうな、弱い生き物です、みたいな顔をする人間を、たとえその場限りのポーズだとしてもひどく突き放すことはできない。
「ただ、なんで急にそんなこと言いだしたのかと思って」
「べつに…深い意味はねえよ。でも、なんつーか……もったいないから」
「? もったいない、って何だよ」
「だって、秀治は良いやつだから。もったいねぇじゃん、そんなの」
良く分からないけれど、智紀の中では理屈が通っているのか、そう言ったきり黙り込んでしまった。これ以上は訊いてくれるな、という雰囲気だ。
日頃から、この子は本当は構ってちゃんなんだろうな、と思ってはいたが、まるっきり面倒くさい彼女のような態度に秀治は嘆息する。どうやら、通っている大学内では「面倒見の良いひと」で通っているらしい智紀のそんな態度は、秀治の前でだけ見せる姿のようだ。ただ、智紀はそれを隠したがっているらしい。どちらも曖昧な表現なのは、本人から聞いた情報ではなく、彼との共通の知人であり、何かと縁が深い青年から告げられたことばから想像しているにすぎない。
『智紀せんぱいって、小鳥遊さんには素直に甘えますよね』
妙に色気のある温度の低い声は、それほど頻繁に聞くものではなく、むしろ共通の友人を介してしか会わない微妙な距離感の男が発したものだ。
やたらと胸元の開いた服を好んでいる彼は、その日も首筋から鎖骨までを大胆に晒す服を身に纏っていた。手入れが行き届いているきめの細かく生白い肌に、男だと分かっていても直視して良いものかと悩んでいた秀治に突如、放られたそれは純粋な興味をにじませていた。見つめてくる瞳の色は変わらず冷たく、けれどその奥にはほんのわずかに智紀への情が覗いていた。
そのとき、咄嗟に呆けたような声を出してしまったのは、心の底から彼が何を言っているのか分からなかったからだ。何故なら、秀治の知っている智紀という男は、いつでもテンションが高く、表情豊かで、大学生の男と思しき子供らしい素直さのある青年だったから。だから秀治は、年下を武器に全力で甘えてくる彼を「甘え上手だな」と認識していた。そして、同じように「きっと、誰にでもこうなんだろうな」と思っていた。
しかし、気だるげに頬杖をついている智紀の後輩は、それをとんでもなく奇妙なものだと感じているらしい。借りていた本を返すために連絡をしたら「今、大学にいるから来てよ」と軽々しい文面で言われ、仕事が休みだったから外部の人間も入れる休憩室で待ち合わせた。
そこには、智紀が可愛がっているらしい後輩の姿もあり、若干の気まずさを感じつつもその輪の中に入った。そして、観察力の高い後輩は、智紀が「飲み物を買ってくる」と席を外したタイミングでそのことばを放ったのだ。
「普段は……大学にいるときは、あんなによく笑う人じゃないんです」
ノリは良いし、明るいけれど、不機嫌そうにしているときも多いから。
そう言って缶コーヒーに口をつけた美青年は、うそをついているとは思えなかった。こんなことに嘘をつくメリットもないだろうから、おそらく彼のことばは事実なのだろう。けれど、どうしても自分の中の智紀と一致せず、あのときは曖昧な返事をした記憶がある。ただ、ひとつわかったことは、智紀が秀治に対し見せている姿は、自分にしか知らない彼だということ。
そういう部分が可愛くて、甘やかしている自覚はある。あの後輩のセリフを聞いてしまえば、なおさらだ。たが、今日のような突飛な──それでいて、彼が彼なりに「秀治を思ってしたこと」だという感じがありありと覗く行動に疑問を覚えているのは事実だった。そう、どうにも憎めない。
「智紀」
「──うわっ!ちょ、いちいち頭撫でんなって言ってるだろっ」
「お前は、どこに行きたい?」
「へ…?何が」
「今日、遅刻したから。お詫びするって約束してただろ?ほしいもの、買ってやるよ」
「マジ?」
「まじまじ。男はウソつかないからな」
「やり~!なら、シェイク飲みたい!シェイク!」
「女子か」
だから、普段は存外、張りつめて生きている年下の青年を自分くらいは甘やかしても良いだろう?
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