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カモの鳩
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「痴漢は犯罪」だとか、様々なポスターが駅の中に貼られているが、俺に言わせれば痴漢とは現代の狩りではないかと思う。
電車の中のどこならば怪しまれないか?
誰ならば抵抗しないか?
どうやって逃げ出すか?
頭を使って、見事に利を得る自らの能力を誇示する。弱いものをいたぶって、憂さ晴らしをする。そういうゲームだ。
俺は扉に顔を向けて立っている猫背の女性の、すぐ背後に立っている。
満員とまでいかずとも、ずいぶんと電車内は混み合っている。電車が揺れると、肩口まで伸びた黒い髪から、ほんのりと甘い匂いが香る。少しだけ見えるうなじは白くて、背骨の尖りがわかる。華奢だ。
俺に抵抗出来そうにない身体つきだ。
扉のガラスに映る顔は、目玉が丸くて黒目がちで、どこか不安そうな気弱な表情だ。妙にぼんやりとしたあどけない顔立ちをしている。これは言い出せそうにないだろう。
カモだ。
電車が揺れた拍子に、バランスを崩したみたいに前のめりに密着する。小さな身体が扉に圧迫され、女性は横を向いて頬を扉にくっつける。
顔が小さい。髪から出た白い耳は、舐め上げたいようなセクシーさがある。かわいそうに、君のことを可愛らしく小さめに産んだ親御さんと、たまたま俺と乗り合わせた不運とを恨んでくれ。
俺はそっと手をお尻に添わせて、撫で上げる。膝まである薄い水色のシフォンスカートが、手に気持ちいい。肉の丸みは言うまでも無い。
女性が小さく息を飲む。そのまま腰つきを堪能していると、女性は前に持ったバッグをお腹でぎゅっと耐えるように抱えた。声は上げない。怯えて震えている。いじらしい。子ウサギを目の前にした狼の気分だ。
ベージュのカーディガンを羽織った胸元まで指がきて、撫でる。ほとんど膨らんでいない。幼びてそれも煽情的だ。どこがだいじなところかな、と指先でブラをなぞり、弄るように揉み込むと、何か苦しそうに吐息を荒くさせている。
「ひ、ぁ……っ、ぐ、は、あ、……ぅ」
がく、と女性は気を失い、隣に立っていたサラリーマンの方へとふらっ、と倒れ込む。
「えっ、だ、大丈夫……ですか!?」
周りの人たちは我関せずという態度で避け、女性は電車の床に倒れ伏せた。汚れた床に細い髪が広がる。俺は、一瞬迷ったが女性を抱きかかえた。口の前に指をやると息はあるが、揺すっても目は開かない。気絶、したらしい。綺麗な顔をしている。だが、まさか痴漢した相手が気を失うなんて、いや痴漢したから気を失ったのか? 因果関係が分からない。
さすがに痴漢しておいて、倒れたひとを見殺しにするとなると飯が不味くなる。そのくらいの理性はある。むしろ、理性的であるからこそ犯罪行為だと認識し、その逸脱に興奮出来るというものだ。
電車が駅に止まり、ひとまず女性を引きずり下ろす。じろじろと見る人は居るが、誰も手伝わない。
怪訝な目で女性駅員が俺を見ている。
「すいません、目の前でこの人、急に気絶してしまったんです。介抱してあげてください」
「はあ、一先ず長椅子に寝かせましょう。大丈夫ですか? あ、これ……」
女性は首からストラップを下げ、手帳のようなものがぶら下がっていた。駅員はそれを通読し、何か表情を困惑させた。無線で何事かを連絡している。
「電車発進しますが、大丈夫ですか?」
「あ、ああ、まだ時間は……大丈夫です。もしもーし……起きない……」
電車が背後で閉まり、風を起こしながら走っていく。
「……波止崖さん。大丈夫ですか?」
2人がかりで肩を揺すると、はとがいさん、と呼ばれた女性は、ギョッとして目を覚まし、わあっごめんなさい、と舌足らずに言いながら長椅子の下に隠れるように入った。
怯える黒猫のように見えた。
「えっ、は、はとがい……さん?」
「……ここは? ぼく、電車にのって……ど、どうしちゃったんですか? ひっ、ち、近よっちゃだめですっ、ぼく女の人がだめなんですっ」
腕でバツをつくり駅員を抑止する。駅員はしゃがんで、困ったようにたじろいでいる。
ぼく? それに、声が少しだけ太いような気がする。……よくよく手指や膝、喉を覗きこむと、それは男性の形をしていた。驚いたが、むしろこんなに可愛らしい男がいることに、何かワクワクした感情が沸き立つ。この子なら余裕綽々でヤレる、と思った。
「……あなたは電車の中で急に倒れたんですよ。どこかぶつけたりはしていませんか」
「えっと……あっ、ち、ちかんされたんです、ぼく男なのに、あっ、えっと、女の子のかっこうしないとお外出られないんです、き、きもちわるくてごめんなさい、ぼく病気で、あっ、これから病院行かなきゃいけないのに、う、う、ううう」
パニックになって目を回して、後頭部を椅子の裏のパイプにごつんと打ち付けて、涙目になった。
「とにかく、そこにいてもしょうがないし、出てきて椅子に座って、落ち着いたらどうです。男の俺なら大丈夫ですよね」
手を差し伸べると、はとがいさんは泣きながら掴んで、いもむしみたいによじよじと這いながら出てきた。首から下げた手帳がめくれて、少しだけ中が見え、障害者、の文字が目に入った。
はとがいさんは椅子に座って、潤んだ目でふうふう息をしている。
「打った頭は大丈夫ですか? 他に怪我は?」
「あう、は、はい。けがはない、と思います……」
駅員と話すときは、怯えてびくびくとしている。目を極力合わせないように、そらして半目になっている。この子、こんなに女性が苦手でよく生活できているな、と思う。
駅員は傷病者は一息ついたと見て一礼して、無線でまた何事かを話し、新たに到着した電車から降りてきたひとを誘導し始めた。
これは、俺がその痴漢そのものだとは誰にもバレてはいないな、と心中ニタリと笑う。そして、この子に興味を持った。こんなに押せば容易く落ちてしまいそうな危うさすらある子、滅多にいない。これでお別れなんて、もったいない。
女性、だと思っていた女装の麗人は、震える指でバッグからピルケースを取り出して、何か白い粒を口に含んで深呼吸していた。俺は眼鏡をなおし、隣に座る。
「……これ、俺の名刺。痴漢に遭うなんて、不運だったね。落ち着くまで、少しお話ししようか」
「さがわ……しゅうと……さん。たすけてくれて、ありがとうございました。あ、同じ年ですね」
同い年? この子25なの? てっきりまだ10代かと。喋りが幼いというか、子供みたいな感じがする。身体も細くて、身長は160くらいしかなさそうだし。
表情もあどけなくて、人間を疑うことを知らなさそうな、人懐こい小動物みたいだ。今すぐ犯しても抵抗できないんじゃないか?
「名前は? 本当に男なの?」
どーぞ、と手帳を差し出される。いいのか? 個人情報の塊だぞ? と思ったが、もしかしたら気軽に差し出すようにするのがこの子の処世術なのかもしれない。善意の中で、生きてきたのか。
開くと、顔写真の付いた手帳が輪ゴムで2つ重ねられていた。
愛の手帳、というパッケージのものと、障害者手帳、というパッケージのもの。等級? とかハンコが打たれているが、はじめて見るので何を示しているのかはよく分からない。2冊あるということは複合的な障害があるんだろう、大変だな、という程度の察しはついた。駅員が困ったのも頷ける。
顔写真は髪を結んでいるが、元々が整った女顔であるらしい。
波止崖昭知。はとがいあきとも、うん、男の名前だ。はとがいって珍しいなと思ったが、強そうな字をしていた。なんとなく似合わない。
「波止崖さん。昭知さん? なんて呼べばいいのかな?」
「はとちゃんか、あきちゃんって呼ばれます」
鳩。平和の象徴。この人畜無害そうな顔にはよく似合っている。
「じゃあ、はとちゃんがいいな。はとちゃんはさ、LINEとかやってる? 名刺に書いてあるの会社用だけど、それによかったら連絡欲しいな」
「らいんは管理人さんにきんしされてるので、メールでいいですか」
「管理人さん? って、何?」
「管理人さんは、おうちにいるかんごふさんみたいな人です。お薬とか、お金とか、むずかしいことのそうだんをきいてくれるんです」
病気でちょっと頭が弱そうなこの子は、もしかして独り暮らしは出来ないのかな? 付け入る隙しか感じない。
「親御さんと一緒に暮らしてないの? 独り暮らしの練習、してるのかな?」
表情がシュン、と暗くなる。
「……お母さんはずっと入院してて、お父さんはもう、いないです。ひとりぐらし、してみたいけど、まだ、むりみたいです」
「そっか……。ごめんね、悪いこと聞いちゃったね。お薬効いてきた?」
「はい……あっ、病院、病院に、予やくのじかんにおくれるでんわ、します」
取り出された携帯は、どう見ても老人向けのショートカットボタンが沢山ある携帯だった。大きい「2」と書かれたボタンを押して、耳に当てた。
その隙に、俺は携帯で「愛の手帳」「障害者手帳」をググった。
知的障害者手帳。精神障害者福祉手帳。
なるほど、と俺は彼女……じゃない、彼を見つめた。
この喋りの幼さは知的な問題で、たぶん女装や薬を飲んだりしてるところはメンタルの病気なんだな? 知的障害って先天的なあれだろ、薬はあんまり飲むイメージがない。
「もしもし。あの、いちばん早い予やくのはとがいです。おくれます。……なんか、ちかんされてきぜつしちゃって、……ん? そう、そうです、こわかったです。でもしんせつな男の人が、助けてくれました。それで……、あ、来たらすぐ? はい、じゃあ行きますので、よろしくおねがいします」
俺が親切な男の人扱いかあ。俺はこの子とどんなふうに仲良くなろうか、そしてどうしてやろうかという下卑た気持ちしか無いというのに。
「おくれても、大丈夫になりました」
「よかったね。……俺は、ちょっとヤバいけど。病院どこ? これからタクシー拾って飯田橋の方に行くけど」
「いけぶくろです」
「じゃあ、方向的に新宿までは一緒に行けるね。痴漢されてすぐ電車はあんまり気乗りしないだろ。相乗りしようか。お金は心配しなくていいから」
「……いいんですか?」
「いいから。な?」
手をつないで引っ張って歩くと、従順についてくる。たぶんこのまま路地裏にでも連れて行ってしまえば、誘拐でも強姦でもなんでも簡単に出来そうな気がする。だが俺には仕事がある。理性もある。
タクシーに乗り込んで、隣に座ったはとちゃんは、喋らなければ本当に上品さすらある美人に見える。
「……あっ、ないちゃったから、おけしょうなおし、しなきゃ……」
と、すり減った肌色のファンデーションをペタペタとスポンジで目元に付けた。俺に背中を向けているので、化粧は人前ではしない方がよいという常識はあるようだ、と思った。
思い出したように行動する子だなあ。記憶の容量が少ないのか、考えるのに時間がかかるのか。見ていて面白い。
そっと手を握ると、はとちゃんはきょとんと首をかしげて、俺の顔を見つめた。
「はとちゃんと、お友達になりたいな」
「ぼくも、しゅうとさんとお友だちになりたいです」
屈託なく笑う。知能が低いとこんなに無邪気なのか。天使〜、なんていう病気の子の親の気持ちが少し分かる気がする。
「ありがとうございました〜」
はとちゃんは手をふりふりしながらタクシーを見送った。俺は手の中に残った記憶を反芻する。お尻、腰つき、胸、手……。
あの子の服を無理矢理脱がせたい。
あんなにか弱い獲物はいない、早く仕留めてやらなきゃ、と拳を握りしめた。
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