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使い回したロウソク
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はとちゃんは面接や試用期間を乗り越え、ついに就職を果たした!
……とはいえ、その清掃業者はいわゆるシルバー人材や障害者の雇用を行う代わり、賃金はかなり抑えている。最低賃金以下だ。
でも時給だ!
工賃じゃなく、自分が働いた分を評価して貰えるようになったんだ。
週3日の労働で得られる金額は以前の3倍にもなる。最初は時給が低くても、これから上がる見込みもある。もっと長い時間働けるようになるかもしれない。まだまだ増えうる。
業務内容としては、仙台駅近くの会社から、今日は駅ビル、今日はこっちの駅、今日は近隣の大学、と派遣されて清掃を行う。
個人ではなく2人ユニットで仕事を行い、はとちゃんは70歳を越えたおじいちゃんとコンビを組んでいる。
実際、市役所の前で見かけたことがある。
はとちゃんは伸びてきた髪を後ろで結い、キャップを被り、灰色のつなぎにゴム手袋とゴム長靴を履いて、コンテナみたいな物を運んでいた。
バイトしてる高校生みたいだった。
同僚のおじいちゃんと一緒だと、尚更そんな雰囲気があった。パッと見、お孫さんって感じ。
声をかけたい気持ちもあったが、お互い仕事中だから流石に遠慮した。
はとちゃんは掃除が好きみたいで、家でも
「しゅりはんだかだねえ。さとるねえ」
と、やりがいを感じている事を独特な表現で伝えてきた。
ジョブコーチからも、
毎回場所も違うし、することも変わって大変だけれど楽しい、高校にも行けなかった僕が方法は違えど大学に行けるなんて不思議で嬉しい、
と話していた事を聞いている。
はとちゃんは着々と成長している。
はとちゃんの通院に同行し、病院の医師やカウンセラーとも話をすることが出来た。
はとちゃんは東京の病院では、治療のための面談の他、性衝動を抑えるためのプログラムに参加してきた。とはいえ、知的な問題からどこまで効果があったのかは怪しい。
それを、女性恐怖症を克服するためのものに切り替えた。
自分のトラウマを整理するために、過去に向き合うのは少なからず苦痛だろう。時に女性に触れる曝露療法も取り入れ、恐怖に直面させられる辛い時間だ。
実際はとちゃんは最初っから泣いてしまったそうなのだが、それでもはとちゃんは辞めたいとはひとことも言わず、ちゃんと参加している。
あなたは波止崖さんの『安全基地』です、と医師から言われた。
母子関係や愛着にまつわる用語で、安心安全の感覚を感じられて、外へと出て行っても帰れるという保証のある基地のような存在、それが安全基地だという。
波止崖さんが女性恐怖症の克服であったり、あるいは仕事を始められるのは、絶対的に信じられるあなたがそばにいるからです、そう言って励まされた。
そして、信じられた側の俺が潰れてしまわないように、あなたも自分自身を気遣うようにとたしなめられる。
俺もはとちゃんと同じく、本来ならその機能を果たす第一候補たる母親が、安全基地にはならない人間だった。そして父親も。
俺にとっても、はとちゃんは拠り所だ。
家を捨てた俺の帰る場所は、はとちゃんの居る場所。
……俺も強い人間じゃない。
共依存には陥らないようにしたい。
でもなあ……言いにくいし言わないけど、さっき朝勃ちをはとちゃんに舐めて処理して貰って今病院の先生と喋ってんだけど、そんな安全基地ってあんのか……? 安全とは……?
俺の方が性衝動を抑えるプログラム受けた方がいいのかもしれない。
6月に入って暑い日も増えてきたので、こたつ布団を抜いた。
はとちゃんはむむを太ももの間に挟んで、小学生用の新聞を熟読している……と思ったら、読み疲れたのかこたつに突っ伏した。
むむは上半身だけ太ももからにょっと這い出して、こたつの脚部を爪でかりかりひっかく。このこたつ、そもそも傷だらけだったけどお前の仕業か?
はとちゃんはおもちみたいにほっぺたをとろけさせて、瞳を閉じた。
ドリルと新聞の効果は少し出て来たようで、回ってきた回覧板の内容をがんばって部分的にメモして見せてきた時はビビった。老人向けの健診の案内っぽかった。病院関係の語彙だけは、病院で目にして人並みにあるようだ。
でも、勝手に回覧板受け取って勝手にお隣さんに手渡すのは止めて欲しかったな。
おかげで隣近所の住民がはとちゃんの障害を認知して、すぐ近くの生協で見かけたら声かけをしてくれるようになったんだけど、善意のある人じゃなかったらどうなっていたか。
こたつの上の菓子の入った盆からあたりめを取ると、お、俺にくれるのか? とむむは俺に期待の眼差しを向けた。
やらん。
置いておいたらはとちゃんが食べて体重増進に役立つかと思ったら、はとちゃんは半分こにしてむむに食わせちまうんだよな。むむが肥えてしまう。
そういうところがいじらしくて、大好きなんだけどさ。
はとちゃんはうたた寝に入ったようだ。
テレビの音量を絞る。
そのまま可愛い寝姿をしばらく鑑賞していたら、
「ふがっ……ん、ねちゃった……」
と、顔を上げた頬に新聞のインクで文字が付いていて、思わず笑った。
携帯で写真を撮って、画像欄が日々のはとちゃんとむむでいっぱいになっていることに気が付いて、ニヤニヤが止まらなかった。
はとちゃんはほっぺたを手の平ですりすりこすって、まだ眠たそうにうす目で笑った。
「おきゅうりょうの先はらいを、おねがいしてみたんだけど、やっぱりだめだったの」
雑草が生えてきた庭の手入れを2人でしていたら、不意にはとちゃんが呟いた。
むしった草の青い匂いがして、夏の気配が感じられる。なんかよく知らない虫も土の上を歩いている。東北だと植生とか生態系とかも色々変わっているのだろうか?
「ん、何で先払いが良かったの? 家に置いといたお金、足りない? 欲しい物あるなら教えて」
「だって、しゅうとさんのおたんじょうびは、自分のお金でプレゼント、かいたかったから」
「……ああ、そっかそっか、俺の誕生日ね。覚えててくれたんだ。俺、あんまり自分の誕生日、好きじゃないんだよね……」
「どうして?」
はとちゃんは不思議そうに首を傾げながら、職場で培った手さばきで雑草をゴミ袋に入れた。虫は怖くないらしい。
俺はしゃがみ続けて固まった足腰を屈伸して伸ばしながら、ぶっきらぼうに答える。
「……忘れられたんだよね。親から。小学生の頃だ。何にも言わないでいたら、一週間も後になって気が付いて、プレゼント渡されてさ……。それは、俺が欲しいって言ってた物でもなんでもなくて、ああこいつら俺に興味一切ねぇんだな、って気が付いた」
悲しかった記憶がふわっと広がって、すぐさまそれを憎しみが覆い隠した。
大人になった今では、そういう奴らに期待なんかしなくていい、って分かる。なのに、あの日の俺が今でも心の中で愛情を欲しがっている。
俺がはとちゃんにプレゼントを何度も何度も渡したのは、つまりは俺自身が欲しがっていたからなのかな、とふと思った。
「……じゃあ、ぼく、しゅうとさんのほしいもの、いっぱいあげなきゃ。ぼくはしゅうとさんが生まれてきてくれて、とってもうれしいし、いっぱい助かったから。うーん……あー、お金ほしい! あっ……お花ある……お花あげます……! もらってください……」
そう言って庭で咲いていた素朴な白い花を抜き取り、おもむろに俺に差し出した。
俺は受け取って、庭先に置いておいたヒイラギの鉢植えにちょんちょんと刺し入れた。
はとちゃんと居ると、悲しむのがなんだか馬鹿みたいで、心の中のくすぶったわだかまりが浄化されていくみたいだ。
「お金がかからなくても、素敵なプレゼントってあるよ。お花もそう。はとちゃん、ラブレター書きたいんでしょ? 誕生日、待ってるから。書けるだけ書いてみて。……あと、俺さ、むしろはとちゃんに着てみて欲しい物あるから、着てくれる……?」
はとちゃんはうんうん頷いて、更に庭の花を摘んでプレゼントしてくれた。
鉢植えに入りそうもなかったから、小瓶に水を入れて生けた。
あの花瓶ははとちゃんの母親の元へ届いたのかな、とふと思った。
そして誕生日当日、少し残業が長引いてしまったけれど家に帰ってきて、ケーキを用意して食べた。
はとちゃんが焼いたココアのパンに生クリームをわんさかかけて、はとちゃんの誕生日の時に使った2と6のロウソクをまた立てた。
ケーキは十分に甘くて、美味しかった。
子供用のノンアルコールのシャンパンをお揃いのマグカップに注いで、乾杯して飲んだ。
はとちゃんが渡してくれたラブレターは、紙の端々にたくさんハートマークが付いていた。やはり愛の文字はいびつだけれど、それでも気持ちが本当に嬉しかった。
***
しゅうとさんへ
おたん生日、おめでとうございます!
ぼくの方がお兄さんだったけど、また同じになりました。
しゅうとさんと出会っていなかったら、ぼくは今どうしていたんだろう、って思います。
こんなに幸せな毎日を生きているなんて、きょ年のぼくに言っても、しんじないです。
幸せすぎて、こわいです。
来年も、その次も、おじいちゃんになるまでずうっと、ぼくはしゅうとさんのおたん生日におめでとうって言いたいです。
お手がみも、毎年、かきたいです。
大好きです。
愛しています。
はとがいあきとも より
***
「ありがとね……よく書いたね。毎年と言わず毎月でも毎週でも書いて……メールでもいいよ」
「メールだと、音せい入力だから、おはなしするのとあんまりかわらないよ」
「書く練習になった方がいっか。ふふ、ラブレターなんていつぶりだろ……」
手紙を棚の奥に大事にしまって、俺の方のプレゼントを取り出した。
「はとちゃん、隣の寝室で着替えてみてくれるかな? 女性用フリーサイズだけど、はとちゃんなら多分着られるよね」
はとちゃんはラッピングされた袋を受け取り、とことこと隣へと移動し、しばらく衣擦れの音が続く。
シャンパンを注ぎ足した頃、はとちゃんは
「じゃーん」
と、自分で言いながら現れた。
想像より破壊力があって、鼻血が出そうだった。
もこもこした素材で出来た、ワンピースタイプのパジャマだ。
袖が少し短い感じがするが、まあそんなもんだろう。膝上丈のスカートから伸びる脚が相変わらず白くて細い。膝やくるぶしは男の骨の主張がある。
セーラー服のデザインのパジャマは、幼びたはとちゃんには生々しいくらいのリアリティがあった。
「えへへ、高校生になったみたい。スカートだけど、しゅうとさんはスカートのぼく、好きみたいだから、これでいいのです。これでおべんきょうしたら、かしこくなれそう」
裾をひらひらさせながら、はとちゃんはくるくる回って喜んだ。
これ……合法……?
いやこれ……うん、俺はなんなんだろ、男好きなのか女好きなのか、未成年っぽいのがいいのか、ああ駄目だ。
とてつもなく、えろい……!
鬼に金棒とはこの事か。最強。
「でも、ぼくだけこれだとへんかなあ。しゅうとさんは……先生! しゅうとさん、先生のふく、きて。スーツ、きてみてよ」
俺はさっきまで着ていたちょっとよれたYシャツにスーツの下を履いて、はとちゃんと並んでみた。畳の上でこの格好だと、妙に風俗っぽさが加速していた。
はとちゃんは俺にきゅっと抱きついて、胸や脇の下らへんをくんくん嗅いだ。
「うわ、働いた後だから汗臭いよ」
「いいにおいだよ? んふふ、スーツのしゅうとさんは、いつもよりかしこそうで、かっこいいなあ。ぼくだけの、しゅうと先生だあ……♡」
はとちゃんはニヤニヤ笑った。
これが本当の家庭の教師だな、俺。徹頭徹尾コスプレだけど。
「……先生、はとちゃんに手を出したくてたまんないんだけど」
「ぼくもスーツのしゅうとさんと、ちゅーしたいきもちだったの」
後でスーツを洗わなきゃな、とか思いつつ、2人で寝室に入って、ふすまを閉めるのも惜しんでそのままキスをした。
食べかけのケーキの甘い匂いと、部屋の明かりが暗い寝室に差し込んで、どこか退廃的なムードがする。
皿の上のクリームをかすめて舐める物音が、むむの気配を感じさせる。
むむと同じ味を、2人で深く深く舌を絡めあって味わう。頭の中がとろけて、何もかもが甘ったるい。
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