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前編
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恋人から言われる日常的な言葉の中で、どうにも苦手だなってのがたまにある。
たとえば、今さっき言われたこんな言葉だ。
「今日、どうすんの?」
ナツ君本人に、それほど他意はないのかも知れない。昨日も泊まったから、今日はどうすんのかって、単純に訊いただけかも知れない。
でも、どうにも苦手で、返答に詰まる。
「えっ、どうって……」
うろたえながら、だるい体を少し起こす。
ほんの数分前まで、えっちしてたのに。ぼうっと幸せな余韻に浸ってたオレを置いて、ナツ君はさっさとベッドを降り、脱ぎ散らかしてたパンツやTシャツを身に着けてる。
「ユキ、ほら」ってオレのパンツを投げ渡されても、それをはこうって気になれないのは、えっちの余韻のせいっていうより、テンションが低くなったせいだ。
ベッドの上にぺたんと座ると、大穴を開けられた場所がくぷりと弾けた。行為の前に注がれたローションが、オレの中をまだ濡らしてる。
頭がぼんやりして、うまく回らない。
まだもうちょっと寝ていたい。そう思うのは、甘えかな?
ナツ君を見ると、もっかい言われた。
「どうすんの? 泊まんの? 帰んの?」
投げかけられた質問に、お腹の底がひやっとなる。
どうにも寂しさが募るのは、彼の口調にさっきまでの甘さがないからだ。
泊まって欲しいのか、帰って欲しいのか、どっちを求められてるのか分かんない。「泊まる」って言っていいのか悪いのか、それも分かんない。
オレは、もうちょっと一緒にいたいけど――でも、それは恋人と優しい時間を過ごしたいのであって、ギスギスした感じを我慢してまで、一緒にいようとは思わなかった。
だから、こんなふうに「どうすんの?」って答えを急かされるのは、苦手だ。
「わ……かんない。ちょっと、待って」
「分かんねーって何?」
気を悪くしたような言葉を聞きながら、こてんとベッドに横たわる。
「パンツはけって。寝んな」
彼の小言を聞かされながら、ますます気分が降下していく。
さっきまで浸ってた余韻は、そうしてる間にどんどん薄くなっちゃって、追いかけるのも難しい。
「ナツ君は、帰って欲しいの?」
ほんの少しの拗ねを交えて、もっかいベッドにぺたんと座ると、不機嫌そうに「あー?」って言われた。
「オレがどうしたいかじゃなくて。お前に訊いてんだろ?」
って。
「それに、そういう言い方はズルいよ。そういうこと言われたら、『帰れ』ってオレからは言えねーだろ」
ズルいって言われて、ぐさっと来た。
言われてみれば、確かに甘えが前面に出てたような気もして、カーッと顔が熱くなる。
「泊まれよ」って言って欲しいって、そんな願望が根底にあったこと、否定できない。
「ごめん……」
ぽつりと謝った瞬間、ぶわっと涙があふれそうになって、慌ててTシャツで顔を隠す。
けど、自分で思う程、うまくは隠せてなかったみたい。ちっ、と舌打ちするのが聞こえた。
「なんで泣くんだよ? 怒ってねーだろ」
静かな問いかけに、「うん……」とうなずく。
「今日どうすんのか訊いただけだろ?」
ホントに彼の言葉通りで、それにも「うん」とうなずくしかできない。
こういうやり取りは、苦手だ。
何がどう悲しいのか、なにがイヤで涙が出るのか、自分でもうまく説明できない。
ナツ君は正しい。ナツ君は間違ってない。なら、きっと間違ってんのはオレなんだ。
黙々と服を着て、きょろっと部屋を見回し、自分のカバンを確認する。
「……帰んの?」
ぶっきらぼうな問いに、またぐさっと来た。
「帰んなよ。なんか、オレが追い出すみてーだろ」
ナツ君は優しい。オレが泣きそうなの分かってて、引き留めてくれてる。優しくて、好きだ。だから、ここで「うん」って素直にうなずけないオレの方が間違ってるんだろう。
「今日は帰る。あの、だらだら泊まって、ごめん」
肩掛けカバンを斜め掛けしながら、きっぱりと謝って玄関に向かう。
学生向けのワンルーム。狭い玄関で靴を履くオレを、ナツ君が見送るように近付いてきた。
「ユキ……」
声を掛けられて、びくっと肩が揺れる。
濃厚なえっちを終えてから、まだ何十分も経ってないのに、ひどく寂しい。けど、ここにいてもきっともっと寂しくなる気がして、今は長居できそうになかった。
「帰ったら、メールする」
「……ああ」
ナツ君の返事を聞きながら、ドアの外、街灯に照らされた夜の街に出る。
えっちの前に夕飯食べたのに、くぅっとお腹が軽く鳴って、甘い物食べたいなぁと思った。
コンビニ、寄ろうかな?
アパートの階段を駆け足で降りて、そのまま夜の道路を走る。
さっきさんざん擦られた場所が、走るたびにじんじんしたけど、ゆっくり歩ける気分じゃない。
歩いて10分、自転車なら2、3分の場所にあるオレんちは、ナツ君の最寄りのコンビニよりも近い。
近いからこそ、いつでも帰れるっていう甘えがあって……ついつい入り浸りになってたの、メーワクだったかなって反省した。
コンビニで買ったのは、2個入りのショートケーキ。ナツ君がいると1個ずつだけど、今夜はオレが2個独り占めだ。
そう考えると、ひとりで過ごすのも悪くない。
あんなに気まずくて泣きそうだったのに、走って帰ってる間に全部流れてったみたいで、今はなんでかスッキリだ。
「ありがとうございましたー」
店員さんの元気な声に見送られながら、自動ドアをガーッと抜ける。肩掛けカバンの中で、ケータイがムームー鳴ったのは、その時だった。
――家、着いたか?――
ナツ君からの短いメールに、ふっと笑う。
ナツ君は優しい。心配されると、やっぱ嬉しい。けど2人でいると、時々どうしても気が合わない時があって、ひとりでいるより寂しさが募る。
お泊りはしばらく控えた方がいいかなと思った。
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