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それはまるで、雲をつかむかのような依頼だった。
「僕の恋人の情報が欲しい。」
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依頼が舞い込んだのは喫茶を閉めて直ぐ、午後7時を回った頃。
「見慣れない客がいる。」
有村春一はそっと、客に聞こえない程の声量で藤城悠に告げた。
カウンターの中から馴染みの客に酒を出していた藤城悠は手を止め、ゆっくりとその人物へと視線を向ける。
まだ若い、20代前半といったところだろうか。カーキ色のジャンパーにダメージジーンズ、見るからにこの店には不釣り合いだ。
だがその瞳は決意を抱いたものの瞳であった。
どこからこの店の情報を得たのか聞き出さなければならない。藤城悠は有村春一にカウンター席の客を任せると、ゆっくりとした足取りでその男の元へと向かった。
「いらっしゃいませ。ご注文はいかがいたしましょう。」
男は一瞬ためらった後、月明かりに照らされた店内を見渡し、最後に藤城悠を見た。
藤城悠は柔らかな笑みを浮かべながら、返答を待った。ここで口を挟むことはしてはいけない。
「Slow life. Uptown. Beer buster.
A1. Roselyn. Ulysses. 」
Slow life :
穏やかな日 3種類のフレッシュなリキュール
Uptown:
夏の海 フルーティーな穏やかな夏の香り
Beer buster:
刺激的な味わい 馬鹿騒ぎ
A1:
世界で一番
Roselyn:
宝石のような輝き
Ulysses:
機知に富んだ英雄オデュッセウス
どれもカクテルの名前だ。『SUBARU』この店の合言葉。このカクテルを彼へ捧げる。
「かしこまりました。では明日、またいらしてください。」
藤城悠は淡々と語ると、その場から一歩退き男に背を向ける。すると、その優美な立ち居振る舞いとは真逆の、荒々しい声が店内に響いた。
「待って!!急いでるんだ!!なんでもわかるんでしょう。わからない事はないって聞いた!!
お金ならいくらでも出す。一見(いちげん)はダメなのも知っている。それでも、もう…ここしか頼る所が無いんだ。お願い。
僕の、僕の恋人の情報が欲しい。」
段々と尻窄みになっていく男の声を聞いて、藤城悠は微笑んだ。
「お客様、店内には他のお客様もいらっしゃいます。またの来店の際は、何卒声量は控えて頂きたく、お願い申し上げます。」
有無を言わせぬまま、彼は男に背を向けて、今度こそその場を後にした。
ーーあの男の情報がいる。
藤城悠はカウンターに戻ると直ぐに、九十九昴へと連絡を入れた。
「急ぎの仕事だ。
井端 甫 -イバ ハジメ- という男の情報を出来得る限り多く集めてくれ。日付けが変わる前までに…」
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