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コンクールの大悲劇-1
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白――。
白――。
どこまでも白――。
視線の先に鎮座するグランドピアノの筐体は黒一色の筈なのに、アルペジオの余韻と共に色という色が消え失せた。
客席からパラパラと聞こえてくる拍手が視界に色を呼び戻す。
漣人はフラフラと力なくピアノから立ち上がって、お情けで拍手を送ってくれている客席に一礼をした。
(日本人って優しいな……)
人生初の「頭が真っ白になる」体験をするほど派手にやらかしてしまったこんな演奏にもちゃんと拍手を送ってくれる。
ふわふわと雲の上を歩いているような足取りで舞台袖に向かうと、入れ替わりに次の奏者が舞台に出て来る。
すれ違い様に目が合った瞬間フッと笑われた気がした。
(?)
気のせいだと思いたかったし、向こうも今から本番なんだから他人の演奏を笑っている場合じゃないだろう。
きっと頭が真っ白になった後遺症で、見てもいないものをあたかも現実であるかのように認識してしまったんだ。
だけど、舞台裏に設置されているスピーカーから流れてくる演奏は自分のものとは桁違いに完成されていた。
(笑う余裕あったし……)
只でさえ凹んでいたところに追い討ちを掛けられて、更に地を這うようなテンションの下がりっぷりに笑いが込み上げてくる。
毎年7月の頭に開催される、大学生対象のピアノコンクール。
趣味でピアノを楽しむ人向けの初中級部門から、中級、上級、特級とレベルに合わせて4部門に分かれ、それぞれ難易度の異なる課題曲が用意されている。
例年であれば上級と特級の2部門で上位に入った者だけがオーストリアでの短期セミナーを受講することができ、その最終日に行われる国際大会に参戦する権利を得られる。
しかし今回はコンクール設立10周年記念ということで、全部門の上位入賞者にウィーンの音楽学校でのサマーセミナーが副賞として与えられるので白熱した上位争いが繰り広げられていた。
大学からピアノを始めた漣人が出場したのは初中級部門で、課題曲はバダジェフスカの『乙女の祈り』。
何度も耳にしたことがあって馴染みのある曲だから、弾いてごらんと楽譜を渡されても取っつきやすかった。
鍵盤を所狭しと動き回るオクターブでの手の動き、腕がクロスするところなど見せ場には事欠かない曲に胸が踊って夢中で練習した。
色んな人の演奏からも学びたいと視聴したネットの動画投稿サイトでは、幼稚園児もスラスラと弾いていたから簡単な曲だ、これなら自分も余裕だと思って油断したのが悪夢の始まりだった。
初中級部門は例年参加者が少ないので、余程の事がない限り留学枠に引っ掛かるだろうと本人も周りもそう読んでいた。
(はぁ……)
練習は凄く頑張った。何なら大学受験の受験勉強よりも頑張った。それは胸を張って言い切れる。
だけど、昨日の夜がいけなかった。
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