アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
コンクールの大悲劇-4
-
久々に高校のとき仲良かった3人で集まるチャンスだったので何が何でも行きたかった。
漣人以外の二人は県外の大学に行ったから高校時代のようにそうそう気軽に会えないのだ。
コンクールの前日だから早く帰ってベストな状態で本番に臨むようにとの言いつけは頭の片隅にはあった。
でも、半個室タイプの店舗だったから、見つかるわけがないと確信していた。
早めに帰るつもりだったのに途中から雷が鳴り出して、雨が止むまで居ようという事になり、結局そのまま閉店コース。
「俺とも約束したよね?」
「はい……」
確かに早く帰って本番に備えると約束はした。
「で、でも……暗譜も完璧だったし、先輩も上手だって褒めてくれたし……だからちよっとぐらいなら大丈夫かなって……」
「だからといって、コンクールの前日に練習もせずに、朝まで遊び歩いてていいの?」
「良くない……です」
凪の言うことは、誰がどっからどう見たって正論だ。言い返す余地がどこにもなくて唇を尖らせた。
凪の眉間に僅かに皺が寄るが、その皺さえ類稀な美貌を引き立てる材料になってしまう。
(綺麗な人は、どんな表情してても綺麗なんだなぁ……)
もちろん今はこんな事考えていていい時じゃあないという事は分かっているけれども、つい余所事を考えてしまうのがなかなか直せない漣人の悪いところ。
「昨日は早く寝て今日に備えるように言ったよね?」
「……出水先輩も今日コンクールなのに……」
昨日あのお店で漣人を見たということは、向こうだってコンクールの前日に飲みに行っていたということだ。自分だけ叱られるのは不公平だ。叱るなら律耶の事もガツンとやって欲しい。
「律耶はいいんだよ。あいつは天才だから」
確かに出水律耶は天才だ。
ピアノを始めて2年目の漣人は、やっとソナチネを数曲弾けるようになったレベルで今回のコンクールも一番易しい初中級部門だ。
部長の凪は幼稚園の頃から続けているので、昨日開催された上級部門でもベートーヴェンのソナタを完璧に弾ききって、一足先にサマーセミナー行きを決めている。
それ以上に凄いのが出水律耶。
言葉を覚えるより先にドレミを覚えたというピアノの申し子で、今日の午後から行われる特級部門でも優勝間違いなしと目されている。
「ごめんなさい、先輩」
これ以上何を言っても部長の気持ちを逆撫でするだけだと悟って、ちょこんと頭を下げた。
「今回は初めてだから大目に見るけど、次からは体調管理や当日のリハーサルもきちんとやること。わかった?」
「はい、先輩」
高校時代、担任の先生から「お前よりもまだ豆腐の方が説教し甲斐がある」としょっちゅう言われていた漣人も、さすがにちょっと反省する。
「わかればよろしい」
凪はニコッと微笑んで、漣人の頭を大きな手で包み込むようにひと撫でした。
「さ、気分転換にお茶にでもしよっか」
その言葉に漣人は慌てて立ち上がったが、凪の手で押し止められた。
「漣人は座ってていいよ。疲れたでしょ?」
凪が行ってしまったので、残された漣人はソファーに深々と体を預けて凪の後ろ姿をじっと見つめる。
練習には厳しい凪だけれども、予習を頑張ってきたり上手に弾けた時は優しく褒めてくれる。
飴と鞭の使い分けをよく熟知している将来有望な指導者だ。
漣人と同じ2年生でも、本気でピアノに打ち込んでいて上を目指すメンバーは律耶の下について稽古している。
そのレベルに達していなくて律耶の目に止まらない学生の中にも、律耶に稽古をつけて貰える日を夢見て一生懸命練習に励んでいる者も少なくはない。
それでも漣人自身は凪の弟子でよかったし、これからも凪の下で練習したいと心の底から思っていた。
(優しいし……綺麗だし……)
男に対して綺麗というのは褒め言葉なのかどうか微妙だけれど、凪には綺麗という言葉が何よりもよく似合うと漣人は常々思っていた。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
4 / 54