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コンクールの大悲劇-7
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「1番。ドビュッシー、喜びの島」
部室での一件を気にしてか、講堂に着いてからも色々と話しかけてくれていた凪も一旦演奏が始まると真剣な目で舞台に意識を集中させている。
まだまだ駆け出しの漣人には上級者の演奏を聴いても細かな違いまではわからないので、ただ「凄いなぁ」とか「上手だ」といった月並みな感想しか出て来ない。
漣人の出た初中級部門ではミスタッチや暗譜が飛んだりといったことも見受けられたが、さすがに特級部門では目に見えるミスが全く無い。
もっとも知らない曲ばかりなので、間違えたと言われてもどこを間違えたのかわからないのだが。
演奏に聞き入っている間は、部室であった嫌な事なんて忘れて音感の世界に集中できた。
特級部門が始まって30分ちょっと経ったところで律耶の出番が回ってきた。
あんな悪口を言われて、演奏を聞いてやる義理もないと思い「ちょっとトイレ」と抜け出すつもりでいた。
しかし二人が掛けているのは右にも左にも脱出しにくい丁度ど真ん中にあたる席。
(うーん……)
何人もの観客に頭を下げて抜け出すよりは、嫌いな先輩の演奏でも大人しく座って聞いていたほうがマシだと思い、座り直した。
「7番。ラヴェル、オンディーヌ」
オンディーヌとは「水の精」のこと。人間の男に恋をしてしまった水の精のストーリーが幻想的な旋律で表現されている。
森の奥の誰も来ない秘密の場所。細波が揺れる水面に反射する無数の光。水の底からゆるゆると現れる美しいオンディーヌ。
まるで森の奥に瞬間移動してしまったような錯覚を覚える。相手は大っ嫌いな律耶だけどその演奏は素直に素晴らしいと思える。
凪も満足そうな顔で聞いているんだろうなと思い、隣の席に目を向けると、何故か凪は今までに見たことのないような難しい顔をして眉間に皺を寄せていた。
(何で?)
演奏が終わってすぐに凪にその疑問をぶつけたが、凪は小声で「あとで」とだけ言って次の奏者の演奏に聞き入ってしまった。
オンディーヌは漣人も気に入っている曲で、ネットの動画でそれこそ何十回も聞いているから間違えればすぐわかる。ミスタッチなんか一箇所もなくて完璧な演奏だった。
凪の表情の意味が気になって、後続の奏者が演奏するのを聞いていても、ちっとも耳に入ってこなかった。
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