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鬼軍曹のおうち-2
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前にバスで遠出したのは凪との温泉旅行だった。
隣に恐い先輩が居るのはこの際忘れておく事にして目を閉じると、凪との楽しかった思い出が脳裏に蘇る。
「皆さん、お早うございます。今日は当社の温泉直通バスをご利用頂きましてあり……」
「あれー、坂田さんだが。元気しとったかね?」
「あんれまぁ、久しぶりだがね。わしはいっつも元気だでよー」
運転手の挨拶は、元気なおばちゃん達のお喋りに掻き消されてしまう。
凪と漣人が乗っていたのは新幹線の駅から高速バスで1時間半ほど乗ったところにある温泉に向かう直通バス。
新幹線を降りてすぐ乗り換えが出来て便利なのだが、夏休み前の平日だからか他に若者が乗っていない中で二人は肩身を狭くしていた。
「兄ちゃんもミカン食べやぁ」
「!」
シートの隙間から手がニュっと伸びてきて漣人は思わず飛び上がってしまった。
「ありがとうございます」
中腰になった凪が振り向いてそっと微笑んだだけで後ろの席は大盛り上がりだ。
(凪先輩は綺麗だから……)
漣人が軽くむくれていると、再び手が伸びてきた。
「ほら、兄ちゃんはこれ食べやぁ」
「え?」
後ろのおばちゃんが手にしているのは「おつまみ市場」と書かれたアルミのパッケージに入ったイワシの丸干し。
(何で俺だけ魚?)
「兄ちゃんは、もっとカルシューム摂っておっきくならなかんよ」
(カ、カルシウムですか……)
そりゃあ自分は男子の平均と比べると小柄だけど、今さらカルシウムなんか摂っても大きくなるわけがない。
長い指で器用にミカンを剥く凪の横顔とイワシの袋を見比べて溜め息をついた。
「あー! 凪先輩、ピアノがありますよ」
ホテルに着いて部屋に荷物を置いた二人は、夕食の時間まで館内の探索に来ていた。
「ほんとだねー(ニヤリ)。あ、何故かこんなところに楽譜が(棒読み)」
「あ、コンクールの曲だ……」
譜面台に置かれている楽譜は漣人が今度のコンクールで弾く『乙女の祈り』。
もちろん偶然なんかではなく、漣人がトイレに行った隙に凪が仕込んでおいたものなのだが、先輩を信じきっている漣人は疑いもしない。
「じゃあ弾いてみよっかー」
「え?」
「ほら、人前で弾くといい経験になるでしょ」
「ヤですー。それに勝手に弾いたら怒られますよ」
「そんなことないって、ほら」
凪が手にするのは『ご自由にどうぞ』と書かれたスタンド。
実は自販機のジュースを持ち帰る用のビニール袋に添えられていたものを凪が拝借してきたのだ。
凪の策略にハマって漣人がピアノを弾き始めると同時になぜか人通りが多くなった。
それもその筈、策士な凪は関西からのバスが到着する時間に合わせて漣人をレストスペースに連れてきたのだ。
「あれ、男の子がピアノ弾いてはるわ」
「ほんまや、可愛いなぁ」
「そなやー」
おばちゃんが元気なのは古今東西かわらず。
「ママー。カレンもこの曲弾けるでー」
「そやそや、あんたが去年の発表会で弾いたやつやなぁ」
「うん。あ、間違えはった。ママー、今んとこファーやなくてミーやで」
幼稚園児ぐらいの女の子にミスタッチを指摘されてしまい、漣人の頬は真っ赤に染まる。
凪にはこんなハプニングも想定内。
お母さんは子供の口を塞ぐと、手を引いて行ってしまった。
漣人が1曲弾き終わると、待ってましたとばかりに凪のもとに人が集まってくる。
「兄ちゃんはピアノ弾かへんの?」
「弾けるやろー? 兄ちゃんピアノ顔してはるもん」
(ピアノ顔……)
凪がギャラリーに囲まれて誰も自分のほうを見ていないのをいいことに漣人はそっとその場を抜け出した。
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