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鬼軍曹のおうち-7
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「おはようございます」
律耶の稽古は週3回なので2回目は翌々日に約束していた。
9時からのレッスンに間に合うように10分前に律耶の部屋に出勤した。
リビングのテーブルにはグラスに入ったアイスコーヒーを用意してくれてあって、飲むように促された。
「朝食は摂ったのか?」
「いえ、あまり時間がなかったので……。いただきます」
遅刻したらどんな罰が待ち受けているか分からないから何も食べずに急いで出てきたのだ。
しかも駅から小走りで来たから喉がカラカラだ。
「待て」
コーヒーに手をつけようとした漣人を止めたのは律耶の声だった。
「?」
「座ってろ」
何故かキッチンへ入っていく律耶と共にコーヒーが下げられてしまった。
(え? 何で? 新手の意地悪?)
飲もうとした瞬間に回収されてしまったコーヒーへと思いを馳せる。
無理やり一口でも飲んでおくんだったと思うも時すでに遅し。
窓の外で何かを啄んでいる雀を見るともなしに眺めていると、キッチンからベーコンらしきものの焼けるいい香りが流れてきた。
お腹が『きゅるる』と弱々しい悲鳴をあげる。
(まさか朝ごはんを作ってくれている……わけないか)
一瞬、都合のいい想像が頭を過ったが、すぐに自ら否定した。
(凪先輩じゃないんだから)
あの意地悪な律耶が自分なんかのために朝っぱらから料理をするわけがない。
程なくして律耶がキッチンから戻ってきた。
案の定、手には一人前の食事しか持っていない。
(ほら、やっぱり)
物欲しそうな顔を見られたくなくて、窓の外を眺めるふりをする。雀は何処かへ飛んでいってしまったようだ。
ドンッ。
少々乱暴な音を立てて真っ白なプレートがテーブルに置かれた。
視界の端に入るのはオープンサンドとアイスコーヒー。正視しなくても口のなかに唾が溜まってくるのが悲しい。
(何で俺の前に置くかな、この人は?)
さっきのアイスコーヒーといい、匂いだけなんて殺生すぎる。
もしかして、本番で客席から食べ物の匂いが漂ってきても集中力を切らさないための修行だろうか?
この人の考えることは本当によくわからない。
これ以上匂いを嗅ぐと、お腹の虫が本格的に不満の声を上げそうだったので体ごと窓のほうを向いた。
その途端、盛大に舌打ちをされ、肩を掴んで前を向かされた。
「さっさと食え」
「はいっ?」
思わずまじまじと顔を見つめてしまった。
今のが幻聴や自分の聞き間違えでなければ、この人の口から「食え」という単語が発されたような。
「空きっ腹にコーヒーは胃に悪い。何か腹に入れてから飲め」
「せ、先輩の分は?」
「俺は自分の練習の前に食った。1曲弾き終わる前に食い終われ」
いつもの不機嫌な顔のまま言い捨てると律耶は漣人にぷいっと背を向けてピアノの椅子に腰掛けた。
(何この優しさ?)
夢かと思って頬をつねってみるとしっかり痛かったからたぶん現実だ。
(何……? 今日デレ日?)
クラスメイトが読んでいたラノベのタイトルに出てきたフレーズが頭に浮かんだ。
しかし感慨に浸る間もなく律耶が演奏を始めてしまったので、慌てて目の前の朝ごはんに手をつけた。
律耶は楽譜も見ずに、ゆったりとしたテンポの曲を弾いている。
(この曲聞いたことがないから長いか短いか全く判らないんですけど? いったい何分で弾き終わるの?)
曲が終わった時に食べ終わってなければ命はないというのだけは確実だ。
猫舌の自分にはちょっと辛い熱々のオムレツとベーコンが乗っかったオープンサンドを必死で咀嚼し、キンキンに冷えたアイスコーヒーで飲み下す。
慌てて胃の中に流し込んだおかげで味も何もあったもんじゃない。
しかし、そんな事よりも、曲が終わるまでに食べ終わらなかった時のお仕置きが恐ろしい。
まだレッスンも始まっていないというのに変な汗をいっぱいかいてしまった。
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