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鉄の重りが付いているのではと思うほど楓はすり足で指定の場所へ行くと、階段には輝ではなく知らない男が立っていた。
「佐藤君だね、待ってたよ」
「あの……失礼ですがどちら様でしょうか?」
こんなやりとりをするのは何度目だろう。この一ヶ月の間に知らない相手に声をかけられ、良く分からない会話をすることが増えた。
「付き合って欲しいんだ」
ーーああ……またこの話しか……。
項垂れたまま自分の足元を見ると、地がゆらゆらと水面のように揺れている。それは不思議な光景で、このまま自分が沈んでいくような感覚に陥っていく。
「佐藤君、聞いてる?」
「あ…………すみません。どこにですか?」
「え……どこ? 何言ってるの、僕と付き合って欲しいんだよ」
「どこの科にですか?」
「佐藤君……からかっているのかな? それとも照れているのかな? ほんと君って『可愛い』ね……」
その最後の言葉に辛うじて反応した楓は、泣き疲れて壊れたのか薄く微笑んでしまった。
「可愛い……ですか……」
「うん、可愛いよ。だから付き合って欲しいんだ」
何度言われてもその言葉の意味が分からない自分は、やはりおかしいのだろうか。それでもちゃんと応えなければこの人も、輝のように怒るのかもしれない。自分のせいで誰かが悲しんだり、怒ったり愛想をつかす姿を見るのは過去が思い出され苦しくなる。嫌われることには慣れているはずなのに、痛みに慣れることは何年経ってもない。目の前に今いるこの人を怒らせないように、傷つけないようにと楓は黙ったまま、腕を掴まれても腰に触れられても抵抗することなくこれでいいんだと目を閉じた。
勘違いして気を良くした男はもっと近づこうと楓を抱きしめ唇を奪おうとしたその瞬間、大きな音と共に視界が一気に変わった。耳に響いた音に楓も驚き目を開けると、目の前には一本の腕があり、左に視線をずらすと握られた拳とヒビが入った壁が見えてこれが音の原因だと分かった。血管が浮きだっているこの腕は誰なのだろうとゆっくり目でなぞり上を見上げるとそれは輝で、楓は胸の苦しさと安堵で鼻の奥がつんと痛み目の前が涙で霞んでしまった。
「申し訳ないがこいつにはもう近寄らないでくれ。迷惑だ」
輝は眉間にしわを寄せ男から引き離すと、楓の手首を掴みいつもの裏庭へと連れて行った。
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