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「冴島ー!これ、次の企画で上にあげるからもっと仕上げとけー!」
「マジっすか!」
「おー、おまえの企画が通るの今年に入って何回目だ?」
「3回目っす!」
「入社2年目のくせにやるなぁ。」
「いやぁ、先輩方にしごかれたんでね。」
「その先輩を差し置いてってのが可愛くねぇよな。」
広告代理店。入社2年目にして打ち上げた企画は4件。そのうち2件は新人だった事もあって先輩との共同制作だったが、残りの2件は全て自らで築き上げて勝ち取った企画だ。そして今日でまた1件、上がりそうな気配に冴島大河(さえじま たいが)は心の中でガッツポーズをした。
「最初はビギナーズラックだろって思ってたけど、こうなると可愛くねぇ後輩が入って来ちまったなって思うよ。」
冴島の新人教育をした鳴瀬宏樹(なるせ ひろき)は、悪態をつきつつも自分が育てた後輩が才能をみせる事に少なからず嬉しくもあった。
「鳴瀬さんにはマジでしごかれましたから。」
「クソ生意気なガキだったからな、おまえ。」
「そうっすか?素直だったと思いますけど。」
「何が素直だよ。おまえみたいな跳ねっ返りはなかなかいねぇっつうの。それもまぁ、今じゃ金塚よりマシになったけどな。」
金塚紫(かねづか ゆかり)は冴島の先輩であり、鳴瀬の同期でもある。金塚も冴島のように新人時代から頭一個分、ないし二個分位は抜きん出ていて、新人エースから常にエースの座を保ち続けて来た。仕事は出来る。それは冴島も認めているが、冴島には金塚を好きになれないところがあった。
「金塚さんと比べないで下さいよ。」
次元が違い過ぎるでしょ。と冴島は嫌悪感を隠そうともしない。
「おまえは金塚が嫌いだよな。」
「当たり前っすよ。仕事が出来れば何でも許されるってわけじゃない。」
金塚は自分が有能である事を誰よりも分かっている。だからこそ勤務態度はいい加減。好きな時間に出社して、好きな時間に帰宅する。それでも与えられた仕事はこなしているし、クライアントを拾ってくる事すらあって誰も文句が言えない。上司ですら、辞めてもらっては困ると思って固く口を閉ざす。
冴島が金塚を嫌いな理由はその勤務態度と、同期である鳴瀬を明らかに下に見た発言をするところだった。冴島は教育をしてくれた鳴瀬を純粋に尊敬している。仕事のノウハウ、社会人としての在り方、礼儀作法は鳴瀬から学んだ。それが冴島の主軸を作る以上、鳴瀬への尊敬と敬愛は外せない。
だから冴島は金塚が嫌いだった。
「しかし残念なことに…」
鳴瀬が言う。
「今回のその企画はおまえと金塚で担当してもらうから。」
「…は?なんでっすか!」
「部長がそう言うんだからしょうがないだろ。」
「意味分かんないっすよ!俺あの人とやる位ならこの仕事は降ります!」
「何言ってんだ。せっかく通りそうだってのに無闇に手放すやつがあるか。いつも言ってんだろ。嫌いな…」
「嫌いな仕事から逃げるくらいなら踏み台にしてのし上がれってやつでしょ?分かってますけど、俺は仕事が嫌なんじゃなくて金塚さんが嫌なだけです。金塚さんじゃないなら喜んでやりますよ。」
「でもこのクライアントが金塚は付けてくれって言ってるんだよ。もともと金塚が引っ張ってきたクライアントだからしょうがないだろ。」
「じゃあなんで金塚さんが企画出さないんすか。あの人が全部やりゃあいいでしょう」
「俺が知るかよ。クライアントはそう依頼したらしいけど、金塚が企画は出さないって言ってるらしいんだ。理由は何にせよ、クライアントはそれでいいって言ってるし、変わりに企画が通ったら補助でいいから金塚を付けてくれってよ。それには金塚もOKしたらしいからこうなってんだとよ。」
図らずも舌打ちが漏れる。金塚の我が儘もここまで来ると仕事に影響が出てるんじゃないのか。冴島はそう思うと苦々しい表情を消せない。
「まぁそういう顔すんなって。補助なんて名ばかりで大して関わりもしないだろ、金塚の事だから。」
「…だといいんすけど」
「とりあえずもう少し仕上げておけよ。明日またクライアントと会議してOK出たら進めんだからな。」
「分かりました」
冴島は鳴瀬から企画書の原本を受け取り自分のデスクに戻る。赤ペンで記された変更点や改善点を見て自分のパソコンに入っている原案に訂正を入れていく。デザインも割とアレンジが必要で、これでよくこの企画が通ったなと思う。
仕上げ作業を行いながらまた舌打ちが溢れた。
この仕事を金塚としなきゃならない。そう考えただけで腹が立つのに、顔を突き合わせて仕事なんて出来るわけない。
入り口横のホワイトボードにはそれぞれ社員の名前が入ったマグネットがある。両面仕様で黒は出社済みの、赤は退勤、あるいは未出社である事を示す。
冴島は赤字のままの金塚の名前を冷ややかな目で睨み付けた。
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