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春、ほろ酔い
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隣の男もまた、ボソッと呟く。
「二年も知らない土地で知らない言葉に囲まれるって、凄いことだね」
いや、だからもうこの話止めようって。
「寂しくなかった?」
寂しいとか寂しくないとか、そういうの関係ねーし。そういう学部に入ったんだし、そういうカリキュラムだったんだし。周りの奴らもみんな留学してたし。
「別に」
「そう、えらいね」
なんだこいつ。凄くも偉くもねえし。人の気も知らないで偉そーに。そう思ったはずなのに。
一瞬、泣きそうになった。泣きそうっていうか、顔と、あと胸の辺りが熱くなった。
ああ、なんかもう無理。
「ちょっと、トイレ行ってきます」
「ああ」「へえい」と、田口と黒田がそれぞれゆるい返事をくれた。瀬戸はその向かいで、柔らかく微笑んでいた。
個室を出て襖を閉めると、周りの個室から聞こえる笑い声が耳に入る。それと裏腹に祐樹の頭の中は先程よりは大分静かになり、急に自分の動悸が聞こえはじめた。
えらいって何えらいって何えらいって何。
トイレのある方向がわからなかったので、個室から見て左に進んでみると曲がり角から少し先で行き止まりになっていた。特に用を足したい訳でもなかったので、立ち止まって行き止まりの壁に掛けてある奇妙な抽象画を一度睨みつけてから俯いた。
泣きたいような気がしたので席を立ったのだが、涙は一滴も出なかった。ただただ落ち着きのない心臓がバクバクいう。それが治まるのを待ち、治まってもまだ顔が熱いのに気がつき、顔の熱が引いてから個室に戻った。
そんなに長く席を空けていた訳ではないが、祐樹のいない間に話題は180度変わっていた。
「ええー!田口さんと瀬戸さん、スキー教室で知り合ったんすか!?意外すぎる」
なんの話だ。
再び残りの料理を口に運び、黒田に余計に注がれる酒を飲んでいるうちに時計は23時を回っていた。
「今日はこの辺でお開きかなあ。楽しかった、三人共また付き合えよー」
会計を済ませると、田口は上機嫌で帰って行った。
残された三人のうち、黒田が一番に口を開いた。
「俺、ここから歩けるし、向こうなんだけど。二人は駅行くの?」
この人ももう完全にタメ口だな。酔っ払い過ぎ。
結局、祐樹は瀬戸と二人で駅まで歩くことになった。
あーあ、嫌だ。きっとすれ違う奴らみーんなコイツに釘付けだよ。隣歩きたくねー。電車は反対方面だったのが不幸中の幸い。
黒田が立ち去ると、瀬戸が「行こうか」と声をかけてきた。祐樹は小さく頷き、二人は歩き出した。
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