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縮められない距離
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「ん、.....っ...」
目を開き、見慣れない部屋を見渡す
助けてくれたはずの彼がいないことにはすぐ気づいた
起きたばかりでまだ覚めない頭を使い、自分がここにいる理由をぼんやりと思い出す
悠....変な奴に出会ったな...
そうは思う新だが、自分が今の状況になる前だったら友達になりたいと思うだろう
元々新の周りには悠の様に優しい友人しかいなかった
いつだって自分の隣には笑いあえる仲間がいた
だけど
自分で壊したんだ
俺が、みんなを傷付けたんだ
それに友達なんて作ってしまったら、廉さんが.....
もう日暮れになってしまい、明るかった朝からワープしたように辺りは薄暗くなっていた
早く、部屋に戻ろう...
起き上がる身体は少しばかり痛むが、先ほどよりは幾分かマシになっていた
床に足を降ろし立ち上がる前に、悠のベッドに手を置き振り返る
久しぶりに嫌な夢を見なかった...
きっと悠の匂いに安心したんだろう
学校の備品としての布団は各部屋に置かれているが、新が顔を埋めた布団は悠の家から運び込まれたものだった
それに手を伸ばし掴むと、顔を埋める
やっぱりこの匂い、落ち着く...
するとガチャッと音がして、部屋の扉が開いた
慌てて掴んだ布団を、投げるようにベッドに戻す
入って来たのはもちろん悠で、手にはご飯が並べられた御膳を持っていた
「あ、起きた?おはよう...っていってももう夜か」
悠は優しく微笑むが新は目を逸らす
少しだけ落ち込むが、何も知らない自分に警戒心を示すのはそれとなくわかる部分があったので気にせずに新に近づく
「これ、新の分のご飯、ここって食堂があるんだな!何が好きか分かんなかったから俺がさっき食べた同じハンバーグ定食にしたんだけど.....食べれそう?」
新が座るベッドの前にある座卓に御膳を置く
扉の近くまで戻った悠は、暗くなってしまった部屋の電気をつける
室内が明るく照らされ、運ばれたご飯に釘付けになる
「....っ!」
新が一番好きな食堂のメニューだった
それをみた瞬間にお腹が鳴る
「あははっ、よかった。残しても全然大丈夫だからさ、片付けも俺がやるし」
持って来たものを喜んでくれたことが嬉しくて、悠は何も言わない新に優しく微笑みかけた
置かれたものを一瞥して手を伸ばさない彼を眺める
「...もしかして、嫌いだった...?」
悠の少し悲しげな声に新は顔を上げる
「...ち、違うっ...そんなんじゃ、ない....」
好物でもあるし、その優しさがとても嬉しいのだが、甘えてしまうことへの躊躇いが新を縛っていた
久しぶりの他人からの優しさが痛いほど身に染みる
けれどこの先のことを考えたら悠との触れ合いは避けておいたほうがいい
でも、それで傷付けてしまうことも分かっていた
今までの友人たちがそうだったように、悠も、きっと。
「...無理しなくてもいいからさ、俺は残ってる荷物かたすし....なるべく話しかけないようにするから...」
気遣いで微笑むも、どこか暗い悠の顔が目に映る
嫌われたと思って欲しくない——
その思いが新の思考を奪う
こちらに背を向け作業に入る悠を止めてしまった
「....ん?どうしたの?」
「...あ、あの、その....あ、....ありがとう....」
勢いだけが先走って、考えよりも先に口が動いていた
新は振り返る悠の顔をしっかり見ることができなかったが、ありがとうと伝えられた事だけで心が少し晴れた
「...おう!気にすんなよ!ご飯食べて、早く元気になれよな!」
悠の明るい笑顔に少しだけ元気をもらえた気がした
あまり量は食べない方で、食堂のご飯も少しは残してしまうのだが、悠がせっかく持ってきたものだから残さずに食べた
廉とのことを気にして、なるべく話しかけないといった悠は本当にあまり声をかけることはなかった
その気遣いは嬉しいが、やっぱり少し嫌だった
悠と話したいと、話しかけて欲しいとそう素直に思った
でも、上手く話すこともできないし...
廉さんが....
さっきからそればかりのジレンマだった
「シャツ、もう乾いてると思うからさ、部屋に戻る時に持っていってな!」
悠の顔を少しだけ見ながら頷く
誰かと話すことがこんなにも嬉しいと思う日が来るなんて思いもしなかった
今日だけは、許されるよね....?
新は今日だけの安らぎとして、悠とたまにできる会話を心から楽しんだ
そして、結局悠の部屋を後にできたのも夜の23時を過ぎていた
「遅くなっちまったなぁ...帰りは大丈夫?俺送ってくよ?」
悠の気遣いは嬉しいものだが、誰かに一緒にいるところを見られたらまずい
それが廉本人でも、廉の友人だとしても、廉を慕う後輩だとしても、全てがまずい
「...大丈夫...世話に、なったな...ありがと....」
これが最後の会話だ....
洗濯してもらったシャツを片手に出て行く
まだ話していたいけど、悠のためにも別れが必要だ
そう思って玄関の扉を開けて一歩踏み出す
悠が扉を支えてくれたおかげでまだ力が上手く入らない体に負担が少なく済んだ
まだ体はもちろん痛いが、でももう甘えられもしないし、歯を食いしばればまだ耐えられる痛みだ
「なあ、新!」
去ろうとする背中を悠の声が引き止める
無言で振り返る新に、少し口ごもりながら話を始めた
「....またいつでも来いよ!俺はお前の....味方だからな!」
それが嬉しくて、また辛い
新は少し目を伏せると、また無言で歩き出した
じゃあな!と後ろで声がするが振り返ることは許されない
「....ありがとう、悠....もう俺に、関わるな....」
小さなひとり言は相手に届くはずもなく、直接言わないのはまだ悠と繋がっていたいという思いがあるからこそだった
足早に部屋に戻った新は帰る途中、誰にも会わずに済んだ
自室について鍵を開けると、すぐに布団に入った
風呂とか明日の準備とか考えられないくらい、今日の出来事を噛み締めたくて
今日の余韻に浸りたくて
明日からまたいつもの学園生活が始まる
今日くらいは、許されたい...
また明日から頑張るから....
新は久しぶりに比較的穏やかに過ごせた1日を振り返りながら
眠りについた
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