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手向けの香華
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しんと静まり返った広すぎるこの家は、家主を失ってこれからどうするのだろう。あの人には親戚はいないはずだから、誰か他人の手に渡るのだろうか。
目の前に、死に装束を身に纏った人が眠っている。いや、寝てるわけではない。もはや、ただの物と化した塊にすぎない。この俺を散々嬲って犯してくれたあの人は、簡単に寝顔を晒したりしなかった。
人が死ぬのは初めてではない。妻も死んだ。両親もとっくに他界してる。この歳になれば、知り合いも何人か見送った。もはや、誰かの死を悲しむような歳ではない。その筈なのに。
「父さん......」
かたん、と襖が開く音がして振り返れば、喪服を着た雅が立っていた。自分が死んでも葬式なんかあげるなと、まだ元気だった頃あの人は言っていたけれど、せめて親しかった仲間くらい呼んで見送ろうと思っていた。成宮と青柳さんは今地方にいて、明日到着する。雅だけが、東京から駆け付けたのか。
「殺しても死ななさそうなオッサンだったんだけどな」
雅は静かに部屋に入ってくると、あの人の屍の横に膝をついて、静かに涙を流した。
「蓬莱さん......」
雅の涙が、血の気のなくなったあの人の肌に落ちる。
「蓬莱さん、蓬莱さん......」
雅の涙は止まることなく、染みを作っていく。
涙を流しながら死人へ躊躇いもなく口づけをする雅は、あの人にとって最高の香華だろう。
「......父さん、大丈夫?」
しばらくして、涙の止んだ雅が俺の背に身を寄せてきた。
「大丈夫って、なにが」
「母さんが死んだ日みたいだから」
「......んなわけあるか。蓬莱さんは歳の順に死んでいっただけさ」
雅は、強くなったと思う。成宮に愛されて、人に甘えて弱さを見せることを覚えた。美織が死んだ時、わずか10歳だった雅は泣いていなかったが、今、惜しみなく涙を流せるということは、成長した証なのだと思う。
「......雅」
振り向いて、口づける。雅はまた涙を溢し、俺に舌を絡ませた。
「泣いていいよ、父さん」
「馬鹿言うな、誰が泣くか」
「そうだね......死んだのは蓬莱さんだもんね」
雅が、俺の前へ回り込んできて両手で顔を覆ってきた。
「父さんと蓬莱さんは、どういう関係だったの?」
「ただの仕事仲間で、少し気の合う飲み仲間だよ」
「......俺には、もっと深いものに見えたけどね」
「何の感情もねぇよ」
「うん。俺と彰吾みたいな関係ではないだろうね。でも......俺が最後にお見舞いに行った時、蓬莱さんが言ってた。自分が死んだら、屍の前で東雲とセックスしてくれって。自分にはもう誰も抱くことはできないから、二人の声が経の代わりだって」
「あの人が言いそうなことだな。死んでもおまえに惚れてるのか」
「蓬莱さんは、弟子の彰吾には何も言わなかったし、俺の自慰が見たいとも言わなかった。俺と、父さんのセックスがいいんだって。......ねぇ、それって、父さんが蓬莱さんの特別だったからじゃないの?」
あの人が真に愛したのは雅だけだろう。俺とあの人は、愛だの恋だのという関係ではない。一方的に組み敷かれ、その仕返しに抱いただけ。そのうち会えばセックスするようになったが、そこには何の感情もなかった筈なのに。
「父さん......セックスしよ。蓬莱さんの、最後の願いを叶えてあげなきゃ」
膝の上に乗ってきた雅は、ネクタイをほどいてシャツのボタンを開けていった。
「ぁ......んっ」
滑らかな肌に手を滑らせて、胸の飾りに触れる。温かくて、ドクドクと血液の流れる音が聞こえた。
「俺は、絶対に父さんを一人にしないから......安心して」
「言うようになったね、おまえも」
「萎れた父さんは父さんらしくないよ」
「誰が萎れてるって?」
「あっ......」
固くなった股間を雅のそこへ擦り付ける。
「まぁ、最後の願いなら、聞いてやるか」
***
「あっ......ん、はぁ、んぅ......」
死体の前でセックスするのは、恐らくこれが最初で最後だろう。ほんと、最後まで突拍子もないことを言う人だと呆れる。
殺風景な部屋に、死に装束を纏い横たわる人。その回りには、白と黒の二人分の喪服が散らばる。モノクロの世界の中で、上気した雅の身体だけがほんのり赤く色づいていた。
「......は、あの人に、お前の顔をよく見せてやれよ」
雅の身体を反転させて、後ろから穿つ。雅の目の前には、あの人の器がある。
「あっ、ぁ、蓬莱さん、蓬莱さん......っ」
「残念、ですよ、ほんと......こんなに、甘美な身体をもうアンタは抱くことができない......」
「ひぁあ......っ」
「いっぱい啼いてやれ。おまえの声が、レクイエムだ」
「んっ、んん、蓬莱さん、あぁ、あぁ......っ」
快楽によるものではない、啜り泣く声が混じる。また、あの人の枕に涙の染みが広がる。
「こんなに、綺麗な華をおいてあなたは......」
なにがこんなに、胸を苦しくさせるのだろう。愛していたわけではない。ただ、身体を重ねただけ。それなのに。
「今すぐこの身体、抱いてみろよ......」
虚しく、俺の身体の奥も疼く。永遠に満たされないソコは、今さらになってあの人を求めた。
「ぁぁん......っ!」
雅の上体を起こし、膝立ちのまま後ろから突き上げる。そのままぺニスを扱いてやれば、グチュグチュと音を立てて質量を増す。
「アッ、ぁ、イく、イっちゃうっ」
「あぁ......イけよ。蓬莱さんに、掛けてやれ
今、俺は認めた。あの人は、目の前にいるこの屍で。今目の前にいるアンタに、俺は手向けの香華をやろう。
「やっやっや、イく、アッ、ぁあんっ、ァアー......ッ!」
雅が達した瞬間、俺も雅の身体を離して蓬莱さんの褥に出してやった。
「はは......ユリの花より、こっちの白の方が蓬莱さんらしいですよ......」
***
屍さえも無くなってしまい、残った骨も地に埋めてしまって、あの人の欠片はもう何も残っていない。
勝手に墓を立ててしまった。命日には、ついつい今年も来てしまった。雅と二人で墓を磨いて手を合わせる。きっとあの人ならこう言うだろう。
『墓に手を合わせて何になる?そこに俺はいないんだよ、バカじゃないの』
バカで結構です。アンタがそこにいるなんて微塵も思っちゃいないけど、ここで手を合わせると、なんとなく落ち着くんですから。
『忌々しい相手に手を合わせて落ち着くの?変わり者だねぇきみも』
あなたに言われたくないですね。
『物好き』
最初に俺なんかに手を出したアンタの方が物好きでしょうよ。
『それもそうだね』
近い将来俺が死んだら、一緒に酒でも飲みましょうか。
『......』
人は死んでも何処へもいかない。天国なんか信じるような質じゃない。消えてしまうだけだ。身も心も何もかも。あの人と酒を飲み交わすことはもう二度とない。
それでも、俺の記憶の中に居座り続けるあの忌々しい口調が、あの人の死を悼むより先に現れるからどうしようもない。
「なに笑ってるの、父さん」
「いや......ほんと、変わった人だったなぁと」
「あはは、そうだね」
あの人はもう存在しないから、今は
墓地にある他の墓と同じように、形ばかりの何の意味もない菊の花を飾って、振り向くこともせずに俺はその場を立ち去った。
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