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5章(4)
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馬たちに恋焦がれ、館の主人にはたえず悩まされるので、リノルは眠れなくなった。
疲れて浅い眠りに沈み込んでは、悪夢をみて目を覚ます。
食事もろくに咽喉を通らなくなった。
食卓につくと、男だけが旺盛な食欲で料理を平らげた。
リノルは今や、くたびれた若い無法者のような顔をしていた。
そのまま酒場に入って行って、知らない者に刑務所帰りだと言ったら信じるだろう。
リノルはくまのできた、すねたような傷ついたような目を光らせて、男を見据えた。
「あなたは、あのお約束を、よもやお忘れではないでしょうね」
「何のことだ」
骨についた肉をしゃぶりながら、男は言う。
「馬を譲ってくださるお話はどうなりました?」
「おれは考えておくと言ったはずだ。約束などしていない」
リノルのこめかみに青みが走った。
彼はナイフとフォークを凶器のごとく握りしめ、だが口調だけは丁重に言った。
「どうしても譲っていただけないのですか? あなたの馬の買い手として、ぼくほど適した人間はいないと思います」
「そう、おまえはただの人間、それも金さえ出せば他のどんな生物も、その命さえ、所有できると思っている阿呆のひとりだ」
「では、ぼくが傲慢で、あなたはそうでないとでもいうのですか! あなただってあの馬たちを所有しているではありませんか」
「おれはしもべにすぎん。おまえには理解できないだろうから言わなかっただけだ。われわれはみんなあの馬どもに雇われているのだ。ここではやつらが主人だ。おれの任期はあと2年で終わる」
「いったい、なにをおっしゃるのです。馬が主人とは?」
「おまえを呼び寄せたのもあの馬どもだ。それがおれへの報酬なのだ。言っただろう、おれはやつらに頼めば、いつでも手に入れられる――処女でも娼婦でも、王子でも奴隷でもなんでもだ」
リノルはすこしも真に受けてはいなかった。
たわごとだと思った。
それでいてなぜか、男の言葉は、あたかも変えることのできない事実のように、リノルの奥深くに突き刺さった。
彼は握りしめていた手を開いた。
フォークが皿に当たって、耳障りな音を立てた。
「でも、もしもあなたが彼らに選ばれて農場主を務めているというのなら」
なかば叫びのような声が口をついて出た。
「なぜ、彼らはあなたを選んだのですか? なぜ、ぼくではなく! あなたが農場主で、ぼくはただの、あなたの気晴らしのための道具に過ぎないのはなぜなんですか? いったい誰が、そんなふうに決めたというのですか!」
男は少しも動じない顔つきで肉を食い続けている。
「おまえが言いたいのは適性というやつか? やつらがそんなことを気にするものか。おまえは馬を飼うとき、その馬は本当に自分の馬になりたいのか、それとも本心ではサーカスの馬になりたいのかなぞと気に病んだりはしないだろう。気にかけるのはせいぜい丈夫かどうか、あとは餌をやってうまく飼い慣らすだけだ」
男は金属のボウルに骨を放り込み、ビールジョッキを引き寄せて中身を一気に半分ほど飲み干した。
「あいつらにしても同じことさ。あいにくおれは病気だけはしたことがない。どんな境遇に放り込まれても文句は言わず、どんな食い物でもよく食い、ほんのわずかな睡眠で回復する」
「それにくらべておまえはどうだ。ちょっと気に入らないことがあるだけで、もうそんなシケたつらをしていやがる。おまえは自分ではさぞ上等な人間のつもりでいるんだろう。だがな、やつらから見ればおれの方が格上なのだ」
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