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不可逆〔3〕
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「ただいま……」
暗く静まりかえった玄関で帰宅を告げる。
明かりをつけて確認してみても、やはりそこに兄の気配は無く、思わず吐き出しそうになった大きな溜息をぐっと堪えて飲み込んだ。
俺に、落ち込む資格なんてない。
頭を冷やそうと色々な場所に行ったものの、様々な感情や兄との記憶がただ駆け巡るばかりで、結局何一つ整理出来ないまま一人家に着いた。
冷たい空気を全身に浴びながらリビングに向かい、その空間に足を踏み入れる。
脱ぎ散らかされた服と床に落ちたバスタオル。痛みが和らぐようにと貼ったのであろう湿布の残骸もあったが、机の上に用意した1人分の朝食は家を出る前と何一つ変わらぬままだった。
それでも、ほんの僅かな可能性にかけて、ポッカリと空いた穴を埋めていく様に2人分の夕食を作り始めた。
__________ ___ __ _
『おはようございます。6時のニュースをお伝えしま…』
孤独を紛らわそうと点けっぱなしにしていた薄い大きな四角が、無表情に一夜が明けたことを報せる。初々しい朝日が差し込む中、冷えた机に1人突っ伏した。
結局、兄は帰って来なかった。
シンとした空気…減らない夕食…広過ぎる部屋…。自分を取り囲む物、この空間にある物その全てに、”兄が居ない”のだということを畳み掛けるように認識させられた。
ゆっくりと顔を持ち上げ、手のつけられていない冷え切った料理に目を移す。なんの前触れも無く突然、冷たい板の上に大きな水滴がぼたぼたと落ちた。
その量は段々と多くなり、一滴一滴の間隔は徐々に狭まってゆく。
兄が居た…。
一瞬だけ、ほんの一瞬だけ、いつものように自分が作った料理を満足そうに口に運ぶ兄が、確かにそこに居た。
だが所詮、それはただの幻覚に過ぎない。見つけたかと思えば、また直ぐ霧になって跡形も無く消えてしまう。
そして今頃になってようやく気づく。自分が犯してしまった罪の重さ、代償に。
兄への想いを言い訳に、一番大切な人を裏切り、傷つけた。あんなのはセックスじゃ無い。ただの酷いレイプだ。自分のエゴで、取り返しのつかない事をしてしまったのだ。
そう分かった途端、あの夜の光景が、身体に残る感覚が、ひどく痛ましい記憶へと変わった。それでも兄が感じた恐怖と苦痛には足元にも及ばないのだろう。
机に肘をつき、頭を振って額を拳に何度も何度も打ち付ける。溢れる涙をだらし無く流しながら、長い間ただひたすらに自分を戒めた。
一度壊れてしまったモノは、
もう二度と元には戻らない。
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