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ずぶ濡れの幽霊2
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告白は意外にもFBからだった。ヘラヘラと人に合わせて笑ってばかりの顔を珍しくキリリと引き締めていたのは、半年たてど新しい記憶のように深く、根付いている。
【話がある。行ってもいい?】
だなんて、あいつにしては簡潔なメッセージをスマホが知らせたとき、迷うことなく
【いいよ。】
と送った俺は、今思えば既にFBのことを好いていたに違いない。あの時はあいつの笑顔に上がる体温にも、楽しそうに俺と以外の思い出を語るその姿を見るたびにちくりと痛んだ胸の意味さえも、気づいていなかったから。
もしかしたら気づかないように目を背けていたのかもしれない。高校からの腐れ縁で、それも男同士だなんて、そんな俺らが甘酸っぱい関係になどなれるはずもないとどこか諦めていたように。
けれど、俺が無意識のうちに押し殺して押し込めて隠したその思いの蓋を、FBは簡単に引きずり出したばかりか、提示して、むしろ押し付けるようにその気持ちを伝えてくれた。
『好き、ずっと好きだったんだ。こんな俺で良いが訳ないし、男同士だし、だめだって思ってる。けど、俺はやっぱりあろまが好きなんだよ。愛してる。』
普段はふざけてばかりで、肝心なことは押し隠して消極的なあいつのそんな言葉に、胸を打たれないわけがない。顔を真っ赤にして、それでも真剣に俺の目を見つめ続けるFBは今まで見たどんな人よりも格好良くて、愛おしかった。
『お、俺も、好き...だよ..。』
だからかもしれない。気持ち悪いほど、普段の俺からは想像もつかないほどに素直に言葉があふれ出た。好き、だなんて普段なら、素面なら、言えるはずもないのに。
緊張と、喜びと、驚きと、いろんな感情がごちゃまぜになって、胸がいっぱいで、気が付けばぽろぽろと涙がこぼれていた。たどたどしく、言葉を覚えたての赤子のように言葉を繋いだ俺の声を、それでもFBはしっかりと聴き取ってくれたようだった。おそるおそる、それでも迷いを持たない手つきでしっかりと抱きとめられた。俺よりも少し高い位置にある胸から感じるとくんとくんと早く脈打つFBの拍動に、あぁ、こいつも緊張したんだ、なんて当たり前のことを考えて、温かなその体温に身を任せた。
幸せだった。身に余るほどの幸せを受けた。
そう、幸せだったはずなんだ。
なのに。
『ちょっと邪魔なんだけど。早く帰れば?』
いつからだったんだろう。
FBの言葉から優しさも温もりも消え去ったのは。いつまでもパソコンに向かって休憩するそぶりも見せないあいつが心配で声をかけた。温かい飲み物を差し出した。珈琲好きのあいつのために、必死でない頭を使って淹れ方を研究したりしたのはえおえおと俺だけの秘密だったりする。好きでもない黒い液体を前に処理をどうしようと唸っているときに、「俺が飲むよ勿体ないし。」と言ってくれたえおえおは恩人だと思う。「おいしいよ。」なんて。ちょっと照れたのも秘密だ。
頑張って入れた珈琲を何事もないようにFBに差し出して、そんで「ありがとう。」って言葉を綺麗な微笑みと一緒に返されて。それから心配すんなって、不機嫌になる俺の頭を体温の高い手で一撫でして作業に帰っていく。それが日常。それが続くと思ってた。
けど、現実は甘くも優しくもなかった。むしろ俺に牙をむいて、高い高い壁を設けて嘲笑った。
邪魔、ウザい、帰れ、来るな。
そんな言葉が常套句。実況中の俺じゃあるまいし、だなんて嫌味の一つも返せないほどに、冷え切った言葉。俺のキャラは毒舌で、自分で言ってる分、人よりも強いつもりでいたのはバカだったようだ。情けないことに俺はそんな言葉の一つ一つに傷ついて、少しずつFBに話しかけるのが辛くなっていってしまった。大変なのはFBのほうなのに。編集に投稿に曲作りに....。メンバーの、グループのために誰よりもその身を削って働いてくれているのは彼なのに。
耐えよう。辛いのはFBなのだから。
受け入れよう。だって恋人にしてくれたのだから。
何をされても嫌いにはなれない。だって愛してるって言ってくれたから。
それ以上に嬉しいことなんてないだろう?そう言い聞かせてごまかして。
冷える夜にタオルケットをかけようと延ばして払いのけられた手の痛みも、温かなココアが口もつけられずテーブルに置き去りにされたむなしさも、存在を忘れたように振舞われて走った胸の痛みも、追い出されて星を理由に上を向いて歩いて帰った帰路の冷たさも、そう言い聞かせて必死に笑顔を絶やすまいと涙をこらえた。FBの傍にいさせてくれることが何よりも幸せなんだからと。
******
「でも、でも、俺馬鹿だからさぁ、FBに何してやったらいいのか分かんねぇんだよ。」
そう言って肩を震わすあろまの顔にあるのは悲しみ、自己嫌悪、そして絶望。
悲しいまでに優しすぎる彼は、理不尽でしかないFBの行為と態度に怒りを覚えるどころか、その原因が自分にあると考えてひたすらに自信を攻めている。
毒舌で女王様、なんて言われる彼の素顔はあまりに優しくて儚い。強さの裏に何もかも押し隠して、そして誰にも気づかれずに壊れていく。そうして、どうしても耐えられなくなって、堪えきれなくなって、心が壊れかけて、そこまでなってやっと、話を聞かせてくれる。その相手は、高校で出会ってからほとんどが俺だったけれど。そのことが何よりもうれしいと思っていたのは誰にも言えない秘密で、今となれば余計に殺さないといけない感情の芽生えたきっかけでもある。
珈琲の淹れ方を練習して、甘いのが好きな彼は飲むに飲み切れず捨てるに捨てられずにいた。もったいないを言い訳に飲ませてもらった彼の珈琲は一杯一杯が違う味で、どこか不器用な彼を思わせてくれた。まずいものは一つとしてなかったけれど、共通して彼の珈琲が持っていたのは確かな愛情だった。伝わることもないだろう影の努力、伝えることもしないだろう彼の不器用な愛、なにもかも羨ましくて、口の中の珈琲を無意識にかみしめてた。
でもその愛情も、伝わるどころか投げ捨てられたわけだ。
言いようもない苛立ちと怒りと、そして失望が溢れ出す。そんな奴だと思ってなかった。もっと大事にすると思ってたから、俺は自分の恋を殺して祝福すらしたのに。後押しもできたのに。これでは、俺の努力なんて無意味じゃないか。
泣かせてんじゃねーよ、くそ野郎が。
なに俺の初恋の人泣かせてくれてんだよ。お前がそんなんだったら、俺が奪うから。
濡れそぼった肩を未だ震わせる彼の大きな目からはらはらと涙が零れ落ちては消えていく。
随分と温かくなった部屋で、心だけが冷たく冷え切っていた。
「もう、無理なのかなぁ。俺さ、情けねーけどどこで間違ったのかも分かんねぇんだよ。」
へらりとあろまが泣き笑う。その笑みがあまりにも儚くて消えてしまいそうで、思わず俺は手を伸ばした。
「...えおえお?」
「違う、違うよあろま。お前は間違ってなんかない。」
ぎゅっと抱き込んだ俺よりも一回りも二回りも細くて華奢な体は濡れそぼっていて、じんわりと俺の服を濡らしてく。
きょとんと腕の中から俺を見上げるあろまの目から一粒涙がこぼれた。腕に落ちた温かな雫が服に吸い込まれて消えていく。
「あろまは正しいよ。恋人を心配するのは当たり前だろ。」
す、とあろまの目に戸惑いが浮かぶ。その奥に押し殺された悲しみを俺は見つけてしまった。
「悲しかったら泣いてよ。我慢なんてするな。きっくんでも、俺でも、誰でもいい。誰でもいいから本音出せよ。一人で抱えるな。一人で泣かないでよ。」
お願いだから、一人で壊れないで。この際、俺じゃなくてもいい。お前が辛くならないなら、誰でもいい。誰だって聞いてくれるはずなんだ。みんなあろまのこと大好きだから、いっそキヨでもうっしーでもひげさんでも、だれでもいい。本音を押し殺していくのは、誰だってつらい。誰だってしんどい。なのに、恋人に突き放されたあろまは一体どこまでため込めば、救い上げる奴が表れるんだ。
「あろまは怒っていいんだ。だって悪いのは、」
あろまの目が見開かれる。
その目から視線をそらさずに、かみしめるように言った。
「悪いのは、FBなんだよ。」
ひゅ、と息を飲む音とびくりと強張る表情。見開かれた黒目がちの大きな目には、彼には似合わない濁った感情がぐるぐると荒れ狂っていた。静かになった部屋に、健気に働くエアコンの音だけが響く。
「...お、俺が、FBを、苦しめてんじゃないの?」
数分とも、数時間ともとれる時間の中、漸く聞こえた声は再び震えて滲んでいた。恐る恐る俺の背に回された細い手頸が、遠慮がちに、きゅ、と俺の服を掴む。抱きしめたままの冷たい彼の体が寒さではない震えを持っていて、回した腕で華奢な背をゆっくり撫でた。
呼吸に合わせた手にそって吐き出されるのは微かな嗚咽。
あろま、堪えるな。みっともなく泣き喚くのも人生には重要で、必要だ。俺の前では堪えるな。泣き喚いてFBが友が人が世間が世界がお前を否定しようと俺はお前を受け止めて見せるから。
「よく、頑張ったね。」
「...ッ、ひ、う、うぁぁぁぁあああ...っ!」
小さな頭を肩に受け止め、悲鳴のような泣き声をただ黙って聞いていた。今の俺にできるのは、彼を抱きしめるしかできないのだから。
「...辛かったな。」
願わくば、今だけは、この時だけは、彼が感情を押さえつけたりしないで済むように。
******
「帰るわ、じゃあな。」
そう言ったきっくんは本当に躊躇うことなく俺の家を後にした。慌てて彼を止めようと伸ばされた俺の腕が無様に空を切って床に落ちた。
回転の追いつかない頭のままに仰ぎ見た時計は、いそいそと針を動かしている。
もうじき、今日も終わる。
『あろまは俺が貰う。』
何を、と笑い飛ばしてやるつもりだった。面白くもないジョークだよ、なんて。だってあろまは俺と両想いで、俺のことが好きで、俺も好きで、告白して、OK貰って、付き合っているんだから。なにを馬鹿なこと言ってんだよきっくんって。
____ついにそれは言えなかったわけだ。真剣な顔で、目に怒りを湛えて、口元を悲し気に歪ませた器用な表情のきっくんに言い返すことも笑い飛ばすこともできなかった。
だって、なぜって、そんなの。
「...あろまと話したのいつだっけなぁ。」
楽し気な鈴のような声を、独特な綺麗な笑い声を、ぷんぷんと形だけ怒る声を、悪だくみしていたずらっ子のように潜められた声を最後に聞いたのはいつだっけ。恐る恐るかけられる悲しい声以外を聞いたのはいつだっけ。
__あろまが笑ってんの見たの、いつだっけ。
楽しかった思い出は、どれも酷くぼやけて霞んで手元から零れ落ちていく。離したくなくて、失いたくなくて、必死に抑えても指の隙間からぼろぼろと溢れてしまった。拾い集めるには、もう、バラバラになりすぎて、目視もできやしない。
『あろまは俺がもらう。』
すっかり崩れ去った華やかな思い出の残り香の中に一人へたり込んだ俺の頭の中に、きっくんのそんな言葉だけが淡々と響く。
違う。違う違う違う!!
違う、俺は間違ってなんかない。俺はこのグループのために頑張っていて、そのために働いていて、それを邪魔したのはあろまで、だから。おれは何も間違ってなんかない。悪いのはあろまだ。わるいのはあろまで、もっと悪いのはそのあろまを誑かそうとしてるきっくんだ。
そうだ、そうに違いない。だって俺が間違ってるところなんて見つからない。
悪いのはあろまだ。
(酷いのは俺だ。)
俺は何も間違ってなんかない。
(俺は何処で道を違ってしまったんだろう。)
きっくんがあろまを誑かそうとしている。
(きっくんなら今のあろまを助けてくれる。)
あぁああ!うるさい!うるさいうるさい!
ぐしゃぐしゃと頭を掻きむしって、余計な煩悩(良心)を追い払う。
そうして沸き上がったのは一つの激情。後に俺が後悔することになる大きな過ちの始まり。
小さな部屋の中でゆらりと立ち上がったFBの目は、獣のように爛々と輝いていた。
「きっくん、あろま...。」
微かに響いたその声は確かに激しい“怒り”に震えていたのだ。
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