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問題児1
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匡介(きょうすけ)は頭を悩ませていた。
〝中村 正樹(なかむら まさき)〟
匡介が受け持っているクラスの問題児である。入学して早々喫煙しているところを見つかって謹慎処分を受けた強者だ。いや大馬鹿者の間違いか。何にしても問題児には変わりなく、謹慎期間を終えても一向に登校してくる様子がない。
中村は寮生で、謹慎の間は出された課題をこなす約束になっているのだが、この様子ではおそらくプリントはどれも白紙だろう。学校に出て来づらいのか、はたまた学校が嫌いなのか。入学式のその日に職員用の喫煙所で堂々とタバコを吸っていた奴だから、まあ前者はあり得ないと思うが、下手をすればこのまま辞めていく可能性だってある。
一体何にそんな不満があるというのか。人生なんてまだまだこれからで、その気さえあればいくらでも変えていけるのに。
とそこそこ人生を歩んできた自分なんかは思ってしまうのだが、思春期の子どもは意外と繊細だから扱いが難しい。
「今躓いてたらこれからどうするんだ?」
なんて説教じみた意見など、子どもたちからしてみたら大きなお世話なのだ。
もし自分が普通にサラリーマンをやっていたら、そんな問題児がいたところで「ああ馬鹿やってるな」くらいできっと見て見ぬ振りをしていただろう。だがそうも言ってられないのは匡介が高校教師で、奴が自分のクラスの生徒という関係だからに他ならない。
「大人が何て言おうがさ、これっぽっちも理解なんかしてないのよ。煩いのがヤダからとりあえずは頷くけどさ。腹ん中では文句たれてるわけ。まあ思春期ってのは色々あるんだよな……自分だってそうだったし」
手元に置かれた中村正樹についての書類に一通り目を通していたはずが、勝手に舌先から愚痴が零れ出ていて、匡介は慌てて口を噤んだ。これでは完全にひとり言である。
ハッと周囲を見渡したが、そんな匡介の痴態を気に留めている者はおらず、変な気恥ずかしさだけが残った。単に見て見ぬ振りをするという大人な対応をしてくれているだけかもしれないが、それはそれでバツが悪い。
かといって自分で自分にツッコミを入れるのも憚られて、匡介はわざとらしく咳払いするともう一度手元の紙に目を落とした。ただこれは単に誤魔化しのためではない。紙にはどうしても見て見ぬ振りのできない事情が書かれていたのだ。
両親ーー離別。中村は母親姓。
子どもが道を外れていくには十分な事柄に思える。もしかしたら今回のことも、このことが根本にあるのかもしれない。
「これは掛ける言葉を間違わないようにしなくちゃいけないな」
匡介は軽く溜め息をついた。まさか掛ける言葉どころか、この先色々と間違った関係を育むことになろうとはーーこの時の匡介にはもちろん知る由などなかったのである。
匡介は難しい顔をしたまま、資料を元のファイルに手早く戻すと帰宅準備を始めた。今日は帰りに寮に出向いて中村から登校してこない理由を聞いてくるようにと、学校側から言われているのだ。それが今後の対応如何に関わってくるかと思うと責任重大である。
頼むから優等生でいてくれよ。
心の中で祈りながら、匡介はデスクに手を付いて「よいしょ」と重い腰を上げた。
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