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無視…したら、ダメだ。
向き合わなきゃ、この…今、確かにある、現実に。
「…別に、」
ー〝うん、すっげぇすき〟
「…気にしてない。」
そう口を開くと、彼は顔を上げて俺を見た。
「すごいショックだったけど、…もういい。」
「……」
「…もう、そうやって謝ってもらえたから、…もう、いい。」
そう言って、少し自分の言った言葉の恥ずかしさでかーっと耳を赤く染めると、彼は多分ほっとした顔をしてた。
「…良かった、」
彼は俺の声を聞いて、あの頃と変わらない無邪気な笑みで俺を見つめた。
少し、瞳が揺らいだ。
あの頃の雰囲気に何かが自然と持っていかれそうになる気がして、俺はぶんぶんと頭を横に振った。
しっかり、しろ……俺。
「あっ、なあ!」
もうすぐ始まる講義に気づき、踵を返すと、後ろから声をかけられ足を止める。
「…俺の名前、覚えてる?」
「…。」
彼の問いに、俺は少しの間、黙った。
……覚えてない、
ーわけ、ない。
覚えてないわけ、ない……ーー。
だってあの頃、俺にとってお前はー
「……翔。佐原 翔(サハラ カケル)。」
それだけ言うと、俺はその場を走って、逃げるようにそいつから離れた。
はあはあと肩で息をして、そして、大学の校舎に入ると、不意に頭に至の顔が浮かんで、俺は無意識に足を止めた。
ー〝離れてても、これ見たら思い出すってか…〟
俺は思い出す言葉に、不意にぎゅっと、携帯ストラップを強く握った。
どうしよう、至……
至……
なあ、…至…遠いよ…。お前が、お前の存在が、すげぇ遠いんだよ……ー。
本当は、…お前と離れてても、お前がそばにいなくても、1人で立っていけるほど、1人で笑っていられるほど、俺はそんなに、強くない……。
平気なふりして笑ってるけど、お前の足枷になりたくなくていつも通りにしてるけど、
本当は、ずっと…俺、泣いてるー。
見えない涙をずっと、俺は流してるよ…ー
それでも、仕方ないって思った。このくらい、やり過ごして、それで、これからもずっと、お前とずっと、ずっと、いてやるんだ…ってー。
…お前がいなくても、やらなきゃって。
強く、ならなきゃ…ってー。
だけど、至…
至……。何で…お前は……
お前は……こんな俺に、気づかない…ーー?
こんなに、心の中で、ずっと泣いてんのに…何で、お前はそれに…気づかない…ーー。
何でこんなに、遠い……、…至……っ…ーー
不安なんだよ、…至、俺は…。
お前は今、この時、俺をちゃんと、見てくれてるのか…ってー。
そして、俺は今、お前をちゃんと、見れてんのか…ってーー
それがすげぇ、不安なんだよ……ーーッ。
講義の始まるチャイムが鳴り響く。
俺は、出そうになる何かにぐっと堪えて、曲げていた背中を真っ直ぐに戻して、楓の元まで歩いて向かった。
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