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「よ、春」
「おう、楓!」
翌日、必修でどうしても休めない講義があった俺はいつも通り大学へと向かった。
休みをもらった父さんと白兎は、今日、入院している母さんのお見舞いに行くと言っていた。
「ーわり、俺、今日も1人で食べるわ」
お昼、席を立って言うと、楓が既に箸を持ちながら首をかしげる。
「なに?…今日はあいついないけど?」
「いや、そーなんだけど…。ごめん、明日から一緒に食うから」
それだけ言うと、俺はまた昨日1人で食べた席の場所まで向かった。
人の少ない比較的静かな場所まで来ると、俺はガタと椅子を引いて静かに腰を下ろした。
いつもと気分を変えて、Bランチを頼んでいた俺は、箸を持ってコロッケを口まで運んだ。
……ううん、…やっぱり、コロッケってなんかあんま美味しくねぇな…。
俺はやっぱり、ハンバーグとかエビフライとかの方が、何倍も好きだな…。
パサつくっていうか、喉が乾くっていうか…。
ー〝水島さんとこの子っ?お母さん大丈夫なの?救急車の音がウチまで響いてきて〟
ー〝運転してたのはこの近くに住んでるほらあそこの…佐伯さん?そうよね?あの人が事故だなんてねえ〟
ー〝大丈夫よ、お母さんは助かるわよ。意識はしてたんだもの、大丈夫よ、絶対大丈夫よ。ね?〟
「……」
後から、俺の家まで、近所に住む母親たちが来てわざわざそう口々に、取り残された俺たちに向かって言った。
ーちがう。
それは多分母さんを心配してじゃない、彼女たちは、
…何があったのだろうという好奇心。
そして、俺たちを励ましているように見えて多分きっと、心の中で思ってる。
ウチではなくて、良かった……と。
「……っ…」
死んだわけじゃない。
救急車に運ばれる前も確実にしっかりと意識はあったし、今だって実際に生きてる。
ただ、母さんがあの場に事故に遭って倒れてたという事実が、頭に血を流していたその事実が、俺はいつまでも頭から離れなくて。
「…っ…、…」
こんなことで、こんなことくらいで、死んだわけでもないのに、こんなところで。
…俺は、泣くわけにはいかない。
俺が、…白兎より先に泣いたらいけない…ーー。
「……っふ…」
…それなのに……ーーー。
畜生……。…はあ、ほんっと…情けないなあ俺って。
ほんと、変わんないなあ俺って…変われないなあ…。変わった変わったと、そう思い込んでいても、やっぱり俺は、どうやったって昔のあの頃のまんまで…。
泣き虫、弱虫、…気弱で、小心者で、
いつまでたっても底なしの、どうしようもねえくらいの意気地なし…ーーー。
「水島」
びく
「また1人で食ってんの?」
後ろから聞こえた彼の声に、俺は目を大きく開いた。
何でここに、あいつが……いいやそうじゃなくて、
……ダメだ。泣いてるところを、気付かれる。
「いや、特に意味はねぇよ。…ただ、そういう気分なだけだから」
「…。ふーん…」
あくまで平静を装ってそう言った俺の声に、佐原 翔はそう声を漏らし、それからじっと俺の背後に立つのが何となく分かった。
…いいから、どっか行け…。
俺はそれから、心の中で強く願った。
どっか行け、どっか行け、…頼むから、いいから早く、どっか行け……ーっ!!
ー
しばらくしてふと、辺りを見渡したら、佐原 翔は俺の近くから姿を確かに、消していた。
俺はそれを確かめてから前に向き直って、再びいくら噛んでも何の味もしない昼食を、1人、ただ黙々と機械的に食べ続けるのだった。
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