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ー
「……成瀬」
扉を開けて、至は一瞬黙ってから、彼を見てそう言った。
…成瀬…
…って、言うんだ。
「藤月くんこんな朝早くにごめんね、俺一昨日ここにノート忘れてったみたいで」
あははと笑う彼に、至は特に驚い様子も慌てた様子もなく、いつも通りの顔で、そうなのか、と言った。
「多分ね。あっほら、あそこの机の上!」
明るい彼の声に、俺は何故か冷や汗を掻いて後ろへ一歩足を下げる。
すると、
「あれ、…誰かいるの?」
ーどくん
彼のそんな声に、俺は下を向いて目を開く。
当たり前だけど、ここは男の一人暮らしのアパートで、一軒家のように広くはない。
よって、何処かに隠れることも、逃げることも…できない。
俺は意を決して、足を一歩、前に進める。
至と彼の、少し離れた位置まで来て、俺は下を向いてその場に突っ立つ。
彼は俺を見て、にこっと笑った。
「ああ、誰かと思ったら…藤月くんの幼馴染の人?」
彼の言葉に、俺は顔も上げられずただ俯いて口を開く。
「あ…うん、そう」
「わ〜久しぶりですね!こんなとこで会うなんて!」
「あ、ああ」
曖昧に頷くと、そばでそれを聞いていた至の視線が俺に向くのが分かる。
「…あれ…お前ら知り合い?」
至の、いつも通りな…そんな声に、俺は口を開いて、けれど何も発することのできない自分の声に、俺は下を向いたまま、それに目を開いて固まる。
「そ〜だよ〜。高校生の頃に、ちょっと」
彼の言葉に、至の、ふーん…という声が聞こえ、俺はそれから、ゆっくりと顔を上げる。
「…お前…らは、…友だち?」
ようやく出した俺の声に、至と彼はこちらを向いた。
「ああ、そうだよ。…こいつは、友達。」
至の声に、俺は少し黙って、それから、そっかと笑って言った。
友達、…友達…か。
「大学から仲良くなって」
「へえ…」
「高校も一緒だったけど」
「へえ」
「でも…お前と成瀬が知り合いなんて、知らなかった」
ーー…っ!
「へえ、はは、…ていうか俺…」
ー〝あんま話したことない奴で、ちっさくて、結構前から周りからホモって騒がれてた子みたいよ。〟
「…はは……帰ろっ…かなぁ……」
……いつ、から。
友達って……、…いつ…から…ー?
ー知らない。
俺は、お前のこと、…何も、
何も…知らないーー。
何となくこの場から逃げ出したくて、何となく至と彼の…2人の姿を見ていたくなくて、俺はそう呟くように言うと、一度至のベッド付近まで行って、携帯を手に取る。
「ちょ、…春っ?」
そうして、駆け足に2人のいる扉前まで行くと、外へ出る寸前、至の声が聞こえて俺はさっと振り向いて早口に言う。
「今日の午前、バイト入れてるの急に思い出したんだ…っ!だから!…じゃあなっ!」
そう言って扉を開け、外へ出ると、後ろからまだ、俺を呼ぶ至の声が聞こえたー。
「はあ、はあ…はあっ」
俺は…ー
どうしてこう、…いつも…
至のアパートから出たら、こうも毎回…こうして懸命に、走っているんだろう……ー。
走るの、別に好きとかじゃ…ないのにな…。
普通に歩いて、至との幸せに浸って、駅まで歩いて、そんな俺の隣には、至がいてさ、俺の帰りの電車が来るまで、そばで至が、一緒に待っててくれてさ…。
そんな、
そんな……、…ごく自然と目にする、普段目にするそんな簡単な光景が…何故。
何故、……俺たちには、できないのだろう…?ー
俺たちは、いつから、
「走るの、早いですね。」
……歯車が、狂い出していたのだろう…ーー?
目の前に立つ彼の姿に、俺ははあはあと息をしながら、自分の額からアスファルトに向かって一筋の汗が落ちるのが分かった。
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