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ー
もう、絶対見つからないだろう場所まで来てから、翔が足を止めた。
俺はそれに、はあはあと息を繰り返し、翔も同じように何度も息をした。
俺は後ろに振り返って、祭り場所から大分遠いところに来てしまったことを、遠くに見える提灯の灯りを見て悟った。
…湊くん…
探してるかな…。
遠くに映る先ほどまでいた祭りの場所を見つめてそれからゆっくりと目を伏せると、近くにいた翔が俺を見つめる。
「何かあったのか」
俺は翔の問いには何も答えず、顔を下に俯かせる。
すると、
「俺は、昔のお前に酷いことをした」
少しだけ声を張った翔の声に、俺は静かに後ろに振り向いた。
「え…?」
「お前は、それで傷ついた。…俺が、傷つけた。だから、俺を使って」
翔に真剣な瞳で見つめられる視線に、どくりと心臓が跳ねた。
…使う…?
「さっきみたいな、厄介ごとでも、めんどう事でも、何でもいい。俺をお前の、好きなように使うといい」
「な…に…意味わかんないこと、言って」
「俺には、何でも話せよ」
…え?
翔を見つめたまま、俺はその場に固まる。
「何でもいい、お前の気が楽になるように、俺がいると思えばいい。愚痴でも何でも俺に言え。ムカつくことでも何でも、気が済むまで、俺に話せ」
翔の言うことは、さっきから全部、…意味不明で、
「何でも聞いてやるよ、してやるよ。だから、俺に遠慮とか、ーー絶対すんな。」
そこまで昔のこと…責任感感じなくてもいいのに、とか、
ここまで言うなんて絶対嘘だろとか、俺の為にそんなこと言ってんのか…とか、それとも自分の為にそんなこと言ってんのか、…とか。
俺はそこまで色々と思って、考えて、そして…もう、自分の瞳から堪え切れなくなった涙を流す。
「…うっさい…テキトーなこと言って…アホなこと言ってんじゃねぇ……バカ」
そう言ってだらだらと涙を流すと、俺は片手を目元に当てて、涙を拭った。
翔はしばらく泣いている俺を見つめ、そのうちぎゅっと、翔の胸に俺は抱き締められるのが分かった。
「……。…何のつもり」
ぼそりと呟いた俺の声に、翔は、えっと声を出してたじろいだ。
「…な、慰めてるんだろっ。だって、泣いてるのを慰める方法なんて、これくらいしか知らねーから…」
さっきの口調とは打って変わった翔のそんなむすっとしたような声に、俺は少しだけ目を開いて、そしてほっとするように笑った。
「お前はホストか」
笑ってそう言うと、翔も少し笑った。
後に、それよりお前は何でここにいるのかと尋ねると、小学生のときの仲の良かった人たちとちょうどここの祭りに来ていたから、らしい。だから翔がこんなところに…。
それになるほど…と納得して、俺はその後、さっきあったことを頭に思い出していた。
ー「藤月くん、これ」
さっき見たのは、至と、あの時の成瀬という男が2人で一緒にいたところだった。
…昨日会って別れたはずなのに、何故至は、わざわざまたここまで、あいつと夏祭りに来たのだろう。
そもそも何故一人暮らしをする必要があった?
大学までそんなに家から遠い距離だったのか?
でも、母の友人で、俺と同じ大学生を持つ息子は、新幹線で片道2時間をかけて学校まで行くと聞いた。
…単に早起きが怠かっただけ?
それとももしかして、
ー…いや、もうやめよう。…今は、何も考えたくない。嫌なことは何も、…考えたくない……ーー
俺はそれから、吹っ切れたようにして、声を出してわんわんと泣いた。
翔はそんな俺を見て、何も言わなかった。
ただ背中にまわされた彼の手に、ぐ…っと少しだけ力がこもるのを感じていた。
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