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ヤバイ⑴
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ここは駅前のとある居酒屋。
華の金曜日で、店内は客で賑わっている。
店内に入るなり、派手にブリーチされた髪のアルバイトの男の子が出迎えてくれた。俺はこの店には職場の上司と何度も来ていて、彼とは顔見知りだ。居酒屋あるあるのあだ名の書かれたバッジに“ハル”と書かれているので、俺はいつもハルと呼んでいる。ハルは俺の顔を見ると人懐っこくニカッと笑い、「潤さん!いらっしゃい!」と愛想よく歓迎してくれた。隣にいる一弥にも、にこやかに挨拶してくれた。それに対して、どうも、と軽く頭を下げるだけのこいつは、世間では特別愛想のいい男ではない。
「……超感じいい子」
ハルに案内されて、個室の掘り炬燵の席に通された。ハルがおしぼりを持ってくる間に、一弥がポツリと呟く。
「だろ?いい子なのよー」
「学生?」
「美容学校通ってんだってさ」
「ああ……どうりで…」
ハルの髪型のことを思っているのだろう。確かにあのハイブリーチで美容学生だと言われたら納得する。
ハルが戻ってきて、おしぼりを手渡しながら飲み物を聞いてきた。2人ともビールとつまみを頼み、ハルは爽やかな笑顔でまたその場を去っていった。きっと美容師になってもこの爽やかさでフロアに立っているのだろう。感じの良さで言えば彼は接客に向いている。
「はい一週間お疲れさん!」
「ん、お疲れ」
早々にビールが手元に届き、乾杯した。俺は飲む時は専らビールだ。酔うっちゃ酔うが、元々酒には強い方で顔色はほとんど変わらない。そのせいで上司によく飲まされるわけだが。
それに比べて一弥はめっぽう酒に弱い。すぐ赤くなるし、酔うのも早い。そのくせ勢いだけはいいから、正直俺がいないところで飲ませるのは少し心配だけれど、今日は俺とサシだから好きなだけ飲ませてやりたかった。案の定飲みっぷりだけはよくて、グビグビとビールの喉越しを楽しんでいた。
俺はハルをよんで、いつもと同じようなメニューを頼んだ。ここは焼き鳥店として評判がいい。一度一弥にも食べさせてやりたかったのが、念願叶ってようやく今日連れてこれたのだ。
「お兄さんは潤さんのお友達っすか?」
「あー……まあ、そんな感じ」
ハルに聞かれて、俺の方に目線を送りながら、一弥は曖昧な返事をした。いえ、恋人です。なんて、この子は言わない。俺はこくりと一つ頷いて、一弥に微笑んだ。居心地悪そうに頬をかきながら、す、と目線をハルの方に戻した。
「そうなんすね!バイトの女の子たちが、あの人たちめっちゃイケメン〜!ハルの知り合い?!って、さっきから騒いでて」
女の黄色い声を真似た甲高いトーンでハルが話す。俺はハルの方にぐっと身を乗り出した。
「えーなになに、あの人たち、ってことは俺も含まれてるわけー?」
「そうみたいっすよ、一応」
「ん?やめてくんない?一応とか。で、どの子が言ってんの?」
「あ、お兄さん空っすね!次何飲まれます?ビールっすか?」
「コラ、シカトすんな店員」
「ありがとう、じゃあビールで」
「お前も一緒になってスルーすんのやめてくんない?てかお前絶っっ対ペース早いからな!弱いくせに」
ぴく、と一弥の眉が引きつる。むすっとした表情で俺を見据えて一言。
「……弱くねえよ」
「いやいやどのツラ下げて言ってんの既にほんのり赤いですけど!」
「お兄さんは赤くなりやすいだけなんっすよね?」
「そうだ」
こくりと深く頷く一弥とハルの波長が合いすぎてる気がするのは俺だけだろうか。ハルはまたニカッと笑って、その場を離れた。外から「20卓さんからオーダーいただきましたー!」とハルの元気のいい声が響いてきた。
「いい奴だ」
「へーへー、そうですかい」
一弥はうん、とまた頷いて、つまみの枝豆を口の中に押し出す。あんまり表情豊かな方ではないけれど、今は随分機嫌がいいのが分かる。顎肘をついてそんな一弥を眺めながら、幸せな気分に浸る。一弥はすぐにやってきたビールを待ってましたとばかりに受け取り、口に運んだ。
「無理すんなよ?時間あんだからゆっくり飲めばいい」
「してない、大丈夫」
「ほんとかー?」
「大丈夫」
弱いくせに飲兵衛。
そのうちすぐ真っ赤になって可愛く出来上がっちゃうの、俺は知っていますからね。
---1時間後。
「ん、かんざき、手ぇ…」
「はいはい」
案の定、すっかり出来上がってしまっていた。
真っ赤な顔、とろんと潤んだ目、甘ったるい声。
職場の飲み会とか同窓会とか、一弥も飲みの場にはちょくちょく行っている。その度にこんな可愛く酔った姿を晒しているのだと思うと……やっぱり心配だ。
テーブルに腕枕をしながら片方の手を伸ばされて、握るように求められる。俺は求められるがままに、伸ばされた細い指先に触れ、優しく包んであげた。指先まで熱い。目が合うと、満足そうにふふ、と笑って腕の中に顔を伏せる。さらりと柔らかい髪が揺れる。それだけでふわっと甘ったるい香りが漂う…そんな錯覚さえ起きるくらいエロい。アルコールが入るとその人の潜在意識が引き出される、なんて話をよく耳にするが、それが事実なら俺にとってこの状況は『至福』の一言に尽きる。
「かず、手繋いでんの誰かに見られちゃうよ。俺は構わないけど」
少しだけ顔を見せて、上目遣いで俺を見上げる。しばらく黙っていたかと思うと、悩ましげに呟いた。
「んー……………だめ、」
ゆったりとした動作で、一弥が手を引いていく。それが心底名残惜しそうな動きで、思わず手を掴みたくなる衝動をぐっと押し殺しながら見届けた。
やっぱりこの子、反則だ…。
「ほんと、飲み会禁止にしてやりたい…」
「えー…?」
「何でもないよ」
「ふーん」
そんな感じで興味なさげに流したかと思ったら、また手が伸びてきて俺のYシャツの裾を掴んで、ちょんちょんと軽く引っ張られた。
「ん?どうした、身体辛い?」
「ちがう………手ぇ……」
「っ…………………」
俺は手よりもお前を抱きたいよ、天使さん。
そんな淡い下心を隠し、悶え震えながら差し出した俺の手に、再び熱い手を重ねてきた。
「失礼します!空いたお皿お下げ…しま……す」
そこへやってきたのはハルではない、女の子のバイトさんだった。見てはいけないものを見てしまったとでも言うような表情を一瞬浮かべたのを俺は見逃さなかった。俺はというと特に見られても平気なので、「ありがとう」と笑顔で応えた。バイトとはいえ仕事中だ、女の子はそれでハッと我に返り、軽く会釈をしてからテーブルの空き皿を重ね始めた。
「…あの、お連れの方、大丈夫ですか?お冷お持ちしましょうか?」
「ありがとう、じゃあいただこうかな」
「おれ、水いらない…ハル、ビール、おかわり」
会話はしっかり聞いていたらしい、一弥はむくりと身を起こして、とろんとした熱っぽい目で女の子に言った。これがもし漫画なら、彼女の表情を擬音にするとまさに『ドクンッ』だろう。
一弥は、んん?とまじまじと女の子の顔を見つめる。
「…ハル、じゃ、ない」
「あ……あのっ…めっ、メグですっ!」
「めぐ……?」
混乱した様子でメグちゃんが咄嗟に名乗る。
ぱっちりした猫目の可愛い女の子。まだ未成年だろう。
メグちゃんの顔が赤らんでいく。大人で、年上で、顔も整っていて、酔っていて、そんな男に見つめられて、そりゃあドキドキもするだろう。なんだか面白くなってきた。この状況を楽しもうと、俺は隙を見てさりげなく一弥の手を撫で込んだ。気付いた一弥が手元に目をやる。黙視することたっぷり3秒。それから俺を見て、軽く睨みを効かせてきた。それに対して俺は微笑み返す。一弥はするりと手を引き、メグちゃんに振り返った。
「……見た…?」
「えっ!?い、いえっ……」
何を、とは聞かれなくても、手を繋いでいたあの光景であることはここにいる誰もが察することができた。曖昧な返事をするメグちゃんにさらに畳み掛ける。
「なー…見たの…?」
「……み、見ちゃい、ましたっ…」
メグちゃんの声が裏返る。
調子に乗って可哀想なことをしてしまった。すかさずフォローに入ろうと声をかけようとした瞬間、一弥が優しくメグちゃんに笑いかけ、「めぐちゃん…、」と舌ったらずに名前を呼ぶ。それから自分の唇に人差し指を当てて囁くように言った。
「しぃー………な?」
「っ!?〜っ……」
今度は俺が『ドクンッ』とするターンだった。
しぃー?そんな可愛いことされたことないぞ俺。ずるい、メグちゃんずるい…!とにかくしっかり脳内に納めておこうと、瞬き一つせずに一弥の横顔を凝視した。
「わかった……?」
「は、はいっ…しぃー、ですね……!」
念を押されたメグちゃんも同じように自分の口元に人差し指を立てて小声で繰り返す。一弥は、ん、と頷き、ちゃっかりと最後に「ビール、おねがい」と注文を入れた。
「なあ」
恋する乙女みたいにきゅんきゅんしながら去っていくメグちゃんに心からの感謝の念を送りつつ見届けて、俺は一弥に声をかけた。
「俺にもして」
「なに?」
「しぃーってして」
「しない。トイレ、行ってくる」
駄目元で聞いてみたものの、玉砕。一弥はヨロヨロと壁伝いに立ち上がると、覚束ない足取りで個室を出て行く。
「ちょっとちょっと、大丈夫?」
「だいじょうぶ。今からおれのビール、くるから」
「わかったわかった、受け取っとくから。気をつけて」
少々心配だが、まあ歩けているし大丈夫だろう。
それにしても可愛かった。
しぃー…って、そんなのあり?さっきの光景をつまみに酒が何倍にも美味く感じる。
「はあ…いいなあ、メグちゃん……」
「何がいいんっすか?」
今度はハルが一弥のビールを運んできた。
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