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腐れ縁(3/7)
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真知先輩……いつからそこに居たんだ?
いや、たった今来たばかりか…多分。
「もちろん、父さんには妻がいたけどね。ママは僕が小さい頃に飛び下りた」
「え…」
俺が目を見開くと、真知先輩が平然とした表情でこっちに近づいてきた。
「父さんの妻は、…子供を産めない体だったんだ。すさまじい嫉妬心がわいただろうね」
「……」
黙って聞いてると、右手をワンコ先輩にぎゅっと掴まれた。
ワンコ先輩は複雑な表情で真知先輩を見つめている。
「その女の情念に圧され苦しめられたママは、耐え切れずに屋上から飛び下りた。……幼かった僕を残して、死んだ」
「……!」
自殺……?
真知先輩は無表情だけど、微かに口元に笑みを漂わせていた。
……無理して笑ってる。
沈黙の中、ワンコ先輩は小さい声で呟いた。
「真知…の、ママ……死んで、…ない」
「え…?」
ワンコ先輩の発言を聞いて、混乱してしまう。
すると、真知先輩がワンコ先輩の方に視線を移して口を開いた。
「死んでるよ。僕の話を聞かないし、手も握ってくれない」
「……、」
生きてて、死んでいて、手を握ってくれない…?
俺が懸命に理解しようとしてると、隣にいるワンコ先輩が呟いた。
「半分…生き…て、半分…死…でる…」
「……」
もしかして……。
「いわゆる、植物人間ってところだよ。
残された僕は、代わりに父さんの妻に憎しみをぶつけられた。
…どうしてママは一人で死んだんだろうね」
「ママ…は…真知には、生…て、欲しか…た…から」
ワンコ先輩は必死に訴えるが、真知先輩は聞く耳を持たない。
「そんな無責任な感情を抱かれてもね。
…この世に、ママという存在はたった一人しかいない。
産んだのも、生まれて最初に抱きしめてくれたのもあの人だ」
真知先輩の表情が少し切ない。感情が少し漏れ出していた。
「…父が居なくても、母がいれば幸せだった。
そんな大切な人の愛情を感じられず生きて、何が楽しい?
僕はママの愛情が一番欲しかったのに」
「先輩……」
隣にいるワンコ先輩の表情も切ない。
真知先輩がこの話をする度に、自分にできることがなくて苦しんでいるんだと思う。
「…沢山の人を抱いて愛を求めても、物足りなく感じる。
……どうせなら僕も一緒に連れていってくれたら良かったのに」
握っているワンコ先輩の手が震えてる。
一番聞きたくない言葉……そんな悲しみの表情を浮かべていた。
「愛されないよりだったら、死にたかった。…ママの手で」
その言葉を聞いて、俺も耐え切れず、真知先輩に歩み寄る。
「そんなこと思ったとしても、口に出さないでください」
真知先輩が言い返してくる前に、詰め寄って先輩の胸ぐらを掴んだ。
「先輩を大事に思ってる人達が、その言葉を聞いてどんな気持ちになるか分かってるんですか…?
…先輩のめっちゃくちゃ苦しい気持ちを俺なんかが全て分かるはずないし、えらい事はあまり言えないけど…っ」
感情が高ぶって、声が少し震える。
真知先輩は黙ったまま俺を見つめてきた。
「……俺だって、母さんの愛情が欲しかったです。
同期生達が口々に"母がしつこい"とか"親がうぜぇ"って言ってるのが正直うらやましかった。
うざいって思うくらい、母さんに心配されて愛されてるんだな…って。
何で俺だけ独りなんだろう…って思ってた」
頬を熱い涙が伝い落ちる。
「けど、今俺がここに立って生きていられるのは、俺だけの力じゃない。
ばあちゃんやじいちゃん、他に色んな人達が助けてくれたから居られるんです。
人間、絶対に一人で生きていけないから。必ずどこかで、深いだろうと浅いだろうと誰かと関わり合うことになるんです」
先輩の胸ぐらを掴む手が震えて視界が涙で歪む。
目の端に、ワンコ先輩が心配気な表情でこちらを見つめている姿が見えた。
「…先輩は独りじゃないでしょう?小さい頃から、傍にいてくれた人がいるじゃないですか」
「……」
真知先輩はちらっとワンコ先輩の方を見て、それから俺の方に視線を戻す。
「俺…、あんまり上手いこと言えないし、綺麗ごとばかり言ってるかもしれません。
けど、真知先輩が"死にたい"と言うのを聞いて悲しむ人がいるんです。先輩は独りじゃない…先輩の存在を必要としている人がいる。……だから…っ」
そんなこと言わないでほしい、と言おうとしたときだった。
真知先輩が俺の背中に腕を回して抱きしめてくる。
「う……ちょ…っ」
「バカだなぁ…。僕を愛してくれる人がいることくらい知っているよ。ちゃんとね」
真知先輩はそう言うと、ワンコ先輩の方を見て微笑する。
その後、俺の首元に顔をうずめた。
「優のことだろうから…心配で君に相談したんだろうね。……確かに、過去を何度も掘り返して心配を煽った僕が悪いだろうけど…」
真知先輩の温もりが体を包む。
ちょっとだけ抵抗しようとしたけど、先輩が抱きしめてくる力を強めたから諦めた。
「…涙ぼろぼろだね、真琴くん」
「…、泣いてないし…」
「目を赤くして涙を流しながら言われてもなぁ…説得力がないよ」
「…う……」
確かにそうだが、認めたくない。
鼻を啜っていると、真知先輩が抱きしめながら俺の耳元で囁いた。
「……僕の為に泣いてくれて、ありがとう…」
…そう言われて、何故か更に泣きそうになってしまった。
……真知先輩は俺の涙が止まった頃に抱擁をとく。
そして、俺の顔を見てぷっと笑った。
「……大丈夫?真琴くん。顔が酷いことになってるけど」
「そんなこと知ってるし…。てか誰のせいだと思ってるんですか」
俺がぼそぼそと文句を口にすると、真知先輩が苦笑する。
「どうせなら真琴くんから抱き着いてきて欲しかったなぁ。泣いてるとき、人は心細くなるから…少し期待していたんだけど」
「…真知先輩は嫌です」
「ほんとはっきり言う子だね、真琴くんは。傷付いちゃうなぁ」
そう言いながらも、真知先輩は残念がるような素振りは見せない。
先輩は少し離れたところにいるワンコ先輩を呼ぶ。
「…優、おいで」
「真…知……」
ワンコ先輩が近くまで来ると、真知先輩はそのままワンコ先輩を抱きしめた。
目の前で繰り広げられる熱い抱擁に、思わずぎょっとしてしまう。
「……僕はね、優が好きだよ。
お前も僕と同じ気持ちだと思ってる……けど、やっぱり言葉を交わしあったほうがいいみたいだね。…優は勘違いしやすい子みたいだから」
「ん……ごめ……」
「謝罪の言葉より、僕は優の気持ちが聞きたいなぁ。
……早く安心させてよ」
それを聞いたワンコ先輩は、抱擁を緩めて真知先輩の顔を見つめる。
ワンコ先輩は一度まぶたを下ろし、それから目をすっと開いた。
ワンコ先輩の瞳に、決心の色が滲んでいる。
「真知…、好き。…大、好き…!約束、無く…ても、ずっと…一緒…。
大事…な…、友達…」
「…僕は"親友"でもいいと思うなぁ」
「ん……親友…」
ワンコ先輩はこくんと頷くと、またぎゅっと真知先輩と抱きあった。
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