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トゥルーラブ(2/8)
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目線)長瀬 千尋
──嫌な夢だ。
真琴がどんどん先に行っちまうから、とっさに手を掴んで引きとめた。
だが、現実では真琴にそんな事しちゃいけねぇ。
真琴のじいさんが"大事な孫をやる"と言ったのは、色んな意味がつまっていた。
第一に、"真琴を幸せな人生に導く"。
……将来、真琴は普通のサラリーマンになって可愛い奥さんをもらうだろ。
そうなったら、俺は大人しく手を引いて縁を切る。
その覚悟はしていた。
…が、その真琴の"相手"が男だったら話は別だ。
途中でのこのこやってきたガキ共に真琴を渡すつもりはねぇし、渡したくねぇ。
真琴自身は気づいてねぇが、あいつの事が好きな同年代の女は、今まで数人いたように感じた。
あいつは、顔は中の上くらいで悪くはねぇし、母親の件があったにもかかわらず女性に対しては優しい。
真琴に告白してきた女はいなかったが、あいつは誠実な奴だし、告白されても簡単に付き合わねぇだろ。
だから、真琴が離れていく心配はしていなかった。
だが、久しぶりに会った真琴を見て、少し動揺した。
妙に明るくて表情が柔らけぇ。
色気も出ていて少しイラっとした。
…横で眠る真琴を無理やり押し倒せたらどんなに楽なんだろうな。しねぇけど。
……真琴の事を一番知っているのは、まだ俺なんだろうか。
初めて会ったときは、まだ中学生だったガキを……何故か必死に自分のものにしようとしてるんだからな。
自分でも馬鹿だと思っているが、やっぱり後悔はしてねぇ。
初めてあいつと会ったのは…というより巻き込んじまったのは、数年前の梅雨明けの時期だった。
草木も寝息をもらす深更、俺は組員を何人か連れ、引き受けた依頼に該当する奴を追っていた。
見つけた後はとっ捕まえりゃいい話だが、しつこく逃げ回るそいつは路地を歩いていたガキを人質にした。
……そのガキが真琴だったんだけどな。
「近づくんじゃねぇ…!このガキがどうなってもいいのか」
「……」
目線を配り、動かないように構成員達に指示する。 少し面倒だな。
つーか、小学生?捕まってるガキは何でこんな深夜にほっつき歩いてんだよ。
ガキは突きつけられたナイフを見ると、足を震わせ顔を真っ青にした。
……今にも泣きそうだな。
「…諦めろ。今更くだらねぇ事するな」
「近づくんじゃねぇ!俺は本気だ…!」
そいつは噛み付くように叫ぶと、ガキの右肩に手をかけて意思表示をする。 肩の関節を外されたガキは短い悲鳴をあげた。
「…っう"!」
「……」
男はガキを引きずるように連れて、俺達から後退していく。が、またすぐに悲鳴が上がった。
「痛っ!」
「ふぅう…っ!」
……次に悲鳴をあげたのは、ガキじゃなく男のほうだった。
さっきまで大人しかったガキが、鬼の様な形相で男の腕に噛みつき、唸っている。
ガキは、緩んだ腕から逃れると男の股間をガッと蹴りあげた。
…のはいいが、腰が抜けてしまったらしく、そのままもつれるようにベチャッと倒れた。 まぁ、おかげで男は捕まえられたけどな。
真琴はへっぴり腰なやつだが負けず嫌いだ。 流されやすいが自分の意思を持っているし、慎重な性格のくせに時々博奕打ちみたいな事をする。
アンバランスというべきなのか……正直に生きているように感じた。 矛盾があるからこそ、人間らしい。
ある意味真っ直ぐで人を裏切ることができないあいつを、 俺は欲した。 あの時から俺は真琴に惹かれていた……のかもしれねぇ。…認めちまうと犯罪だからな。
道路に寝そべっているガキに近づくと、ガキはビクビクしながら濡れた瞳で俺を見上げてきた。
「あ……おお俺…っ、かかかね…っ」
「……」
あまりの恐怖で、「俺、お金持ってません」と言えないらしい。
お前、さっき男に噛み付いたときの威勢はどこにやった?
「…テメェみてぇな小学生のガキから金をとるわけねぇだろ」
「小学生じゃない!俺は中学生だ…!」
「あ"?」
「ひ…っ」
何だこいつ。急にムキになったと思ったら、またビクビクしやがって。
ガキは気まずそうに俺から目をそらすと、ぷらーんとしている自分の右腕に目をやった。
あぁ……そういやこいつ、肩外されてたんだな。
「おい」
「…!ご、ごめんなさ…っ」
「何もしねぇよ。いちいち謝るな、うるせぇ」
「す、すみま…じゃなくて、…はい…」
俺から後ずさろうとするガキを塀に押しつける。そして、ガキに両方の手の平を差し出した。
「ん。俺の手に手の平を乗せろ」
「……?」
ガキは首を傾げると恐る恐る手の平を重ねてくる。それを見届けた後、俺は自分の手をそのまま上に上げた。
「ばんざい」
「はう…っ!?」
突然肩に走った衝撃に、ガキは目を丸くして素っ頓狂な声をあげる。
よし……肩、はまったみたいだな。
「…心配なら病院に連れていくが」
「い、いらない…です。…俺、これで…失礼します…!」
「待て」
逃げるように立ち去ろうとしたガキの首ねっこをガシッと掴む……が、ガキは踏ん張れずに尻もちをついた。
「痛ぇ!」
「…お前、鈍臭ぇのな」
「だ、誰のせいで…!」
何か面白ぇな、このガキ。(からかい甲斐があって)
「いくらガキでも、こっちにゃ面子があんだよ。 礼をしねぇとな」
「礼…?」
「…つってもお前、ガキだしな。 何が欲しい?やっぱりオモチャか?」
「金」
「…夢ねぇな」
「金しかいらない」 そうきっぱりと告げるガキの目は本気で、光がなかった。
「…金で何買うつもりだ」
「じいちゃんの治療費…」
「…それはガキの心配することじゃねぇな。大人しくてめぇの両親に任せていろ。
お前、家出だろ?家まで送ってやるから。後日、礼をしにうかがう」
「家出じゃないし…。両親いねぇのに、誰がじいちゃんの心配するんだよ」
「……」
ガキは唇を噛んで俯いている。
今のやり取りで何となくわかった。ややこしそうだな。
「お前、誰かと一緒に住んでいるか」
「…いや?」
「なら、俺がお前を連れていっても騒ぎにはならねぇんだな」
「うん……って、えっ!?」
「おい、てめぇら!こいつを車に乗せろ」
「了解っす!」
「ちょ、おい…っ!!」
その後、車内ではガキがぎゃあぎゃあと暴れた。
「降ろせ!この誘拐!」
「うるせぇな。誘拐じゃねぇよ」
「じゃあ何で…!売り飛ばす気か…!?」
「しねぇよ。つか、黙れ。静かにしねぇと薬打つぞ」
「……っ」
脅し文句を言うと、ガキは唇を噛んで縮こまる。その姿を、何故か下っ端共は温かい目で見つめていた。
……真琴が構成員に優しくされていたのは最初からだ。
まるで坊ちゃんのように扱われ、ちやほやされていた(真琴は怪訝な表情をしていたが)。
理由を聞くと、「弟がいたらこんな感じっすっかね」とデレデレする奴もいれば、「食べ物をあげれば美味しそうに食べてくれるから癒されるっす」と言う奴もいたり、区々だった。
車からガキを降ろし、矢澤組の事務所に連れ込む。
「ガキ、そこに座れ」
「……」
ガキは指定したソファにちょこんと座る。 どう切り出そうかと考えていたところ、沈黙の間に「グオオオォ」という爆音が鳴り響いた。
おい、嘘だろ。
「…お前、声は小せぇのに腹の虫の声は大きいのな」
「……ッ」
ガキは顔全体を真っ赤に染め上げると、ぐっと拳に力を入れて俯いた。茹でダコみてぇ。
俺は心の中でフッと笑うと、すぐ近くにいた構成員達に声をかけた。
「誰か差し入れ買ってこい。もたもたしてねぇで早くしろ。……おい、ガキ」
「何…ですか?」
「"任侠"って言葉、知ってるか」
「にんきょう…?」
「…あれだ」
壁に立てかけてある額縁を指差す。 するとガキは瞬きをしてその漢字を見つめた。
「ガキに分かるように言えば、弱きを助け、強きをくじく…だな。分かるか?」
「…闇の正義のヒーローってこと?」 「ぷ…っ」
可愛らしいコメントに、下っ端の内の一人が抑えきれず、ふいてしまう。 笑われたガキはまたカアァと頬を朱で染めた。
「…ぐ…っ…」
「まぁ…、それでいいか。任侠は矢澤組の仁義だ。俺はお前を"弱き者"として、お前に手を貸してやる」
「……」
ガキは俺の話を黙って聞いていたが、視線を落とすと控え目な声量で口を挟んだ。
「あの…おじさん…って、ヤク…ザ?」
「……!」
おじさん……だと?周りに緊張の波紋が広がる。 俺がソファの近くにあったガラスの机に拳をガンッと叩き落とすと、ガラスが割れて床に破片が散らばった。
「おい…ガキ……」
「ご、ゴメンなさい…!だ、だってお兄さんって感じじゃなかったし、おじさんのほうが貫禄があるかなって思って…、ごめ、本当に、ゴメンなさい……っ」
ガキは半泣き状態でしゃくりあげている。 チッ、悪気がねぇところがガキの厄介なところだ。
20代前半でまさかじじい呼ばわりされるとはな。
「…男なら泣くな、ガキ」
「は、はい…っ」
「…俺は矢澤組・組長、長瀬 千尋だ。テメェは」
「大崎…。大崎 真琴…です」
この夜を境に、俺と真琴の奇妙な関係が始まった。
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