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三月十四日・2
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正樹の家まで自転車を走らせた。着いたらひとまず深呼吸。自転車を道路脇に止めてから、顔へ軽くビンタをし、表情を引き締めた。
今着いたとメールをすると、玄関ドアはすぐに開き、中から正樹が出てきた。頬が赤いように見えるのは、俺の願望が見せるものなのだろうか――いいや、違うはず。ずっと夢に見ていた。毎日のように。この瞬間を想像しては、現実にならないのだろうと、切なく痺れる胸を掻き押さえてきた。まさかこうして想いが通じるとは思っていなかった。ちゃらけた振りをして、セクハラめいたメールを送ることが精一杯だったのに。
黒髪が背後から降っている光に照らされていて、綺麗だ。大人しめなショートカットが似合うのはきっと、正樹の顔立ちが日本人形みたいに小奇麗な整い方をしているからだろう。目、細めるのな。二重まぶたの幅が、普段よりもやや広くなっている。小さな鼻の付け根が徐々に顰められてゆき、薄い唇が歪んで――
「何してんだ。早く入ってこい」
「お、おう。邪魔するわ」
糞。心臓の鼓動がうるさい程に高鳴っている。激しく叩かれるドラムの音を間近で聞いているようだ。妙に恥ずかしくなり、誤魔化すために口の中で犬歯を舐める。
玄関に入ると廊下の向こう側から親御さんが顔を出してきたので軽く会釈をして、自室へと向かう正樹の背中を追った。
正樹の耳が、やはり赤いような気がする。
足が浮いているようだ。ふわりふわりとしたこの感覚が、今を夢ではないかと思わせてくる。
部屋に到着した途端、正樹からクッションを投げつけられた。
「ほれ、これに座れ」
「サンキュー」
受け取って、それを尻の下に敷き、部屋の中央へ腰を下ろす。
目の端に映った机の上は、正樹のきちっとした性格らしく、綺麗に片付いていた。壁につけられるようにして置いてあるベッドの布団も整えられている。
――メールだと饒舌になれるのに、今、どうしてか口の動きが鈍い。
部屋のドアを閉めている正樹の後姿を眺めた。
そわそわする。沈黙に耐えられない。
「返事。聞きにきたんだけど」
振り返ってきた正樹の顔は、やれやれ、といった風に苦笑していた。
「付き合おうか」
……うわぁ。顔が熱い。じたばたと暴れまわりたい気分だ。
ずっと我慢してきた。正樹が初恋なんだ。男を好きになるなんて、と自分の性癖を悩んだ。初めて正樹で抜いた時は、本当にへこんだ。それなのに正樹は、やれ、誰が可愛いだの、あの子いい足してんな、だの言ってきて。奥歯を噛み締めて何度、悔しさに耐えた事か。しかしそんな正樹がいつ、こちらを向いてくれたのだろう。何となくもしかして、と、メールを読んでそう感じた事はあるけれど、明確にはわからない。
まだドアの前に立ったままでいる正樹を見つめ続ける。
「正樹、いつから俺を意識した?」
「それ聞くか?」
おお、顔が首元まで一気に赤くなったぞ。
「聞く」
「糞。じゃあてめぇはいつから俺が好きなんだ。どんなタイミングで好きになったんだよ」
それはそうと、何でそこから動こうとしないの。
手招きしたらば首を横に振られた。
「俺は、中二の時。俺が試験前にインフルエンザで寝込んだ事あったろ? 皆が病原菌扱いして見舞いに来ない中で、正樹だけがさ、いつもと同じように、マスクもしないで見舞いに来てくれたんだよな。そん時にはっきり自覚したよ。何っていうか、タミフルの薬臭さを感じる中で、正樹の匂いだけがやけにすっと鼻に入ってきて、こいつは特別なんだな、って」
眉間に皺寄せて、何考えてんの。
「痒い」
「聞いてきたのは正樹なんだけども。で、そっちは?」
頭を乱暴に掻き、そっぽを向きながら口を開いてゆく。
「俺にしかそんなにメールしてこないとか言ったろ。それからのような気が――いや、相田さんから告白されたって聞いて、何でか享じゃあなく相田さんに嫉妬したから……その前からなのか? 自分でもよくわからんが、気づいたらこうなってたって感じだな」
「え、じゃあ俺からのラブなメッセージに気づいてたんじゃあないの? 何ではぐらかしたんよ」
「気づくか阿呆。男同士なんだぞ。片方が女ならばまさか、って思うだろうが、そうでないからな。男同士の冗談なのかと思った」
「でもさ、途中からは気づいてたろ? いつもと反応が違ってきてたから絶対そうだって」
お。こっち向いた。顔は赤いままだけど、何で顔面をそうくっしゃくしゃに顰めてんの。
「入試あったろ。お前の邪魔しちゃあ悪いと思ったし、俺も浮ついてなんぞいられんかったからな。それなのにてめぇという奴は、俺の回避努力をなにしやがって」
背中に冷や汗が流れ落ちた。
「そ、そこまで深く考えてなかったわ。悪い」
「現状というものをちゃんと考えろよな。マジで」
ため息をつかれてしまった。
正樹は腕を組んで、ドアに身体をもたれ掛けさせてゆく。
「何でこっち来んの?」
「何かなぁ」
何だよ。気になるでしょ。
「ずっとそのままって訳にはいかないだろ? ほら、こっち来いって」
手招きするのだがやはり、首を横に振られてしまう。ここはこう、このピンク色を濃くするよりは……明るくさせた方がいいかな。いつも通りの事を言えば――
「ち、チューとかするかぁ?」
ああ、駄目だ。からかうように笑いながら軽く言おうと思っていたのに、声が上ずってしまった。
正樹が目を丸くした。それから……皮肉めいた笑を浮かべ、やっとそばに寄ってくる。
目の前にしゃがまれ、顔を覗き込まれた。
「歯磨き、してきたんだろうな」
心臓が耳に張り付いたような感覚だ。
「正樹は?」
余裕をぶっこいたように笑って――やろうとしたのに、唇が、震えて……かたや正樹は、男らしく笑っている。
「した」
その返事で、もう、俺の心臓どころか全身が破裂したぞ。
「期待して、たんだ?」
糞。声が掠れる。
「まぁな」
猫のようににまっと笑いながら手を伸ばしてきて――頭をくしゃっと撫でてくる。
「す、素直なんだな」
「女みたいに恥ずかしがるかよ。阿呆」
鼻を鳴らしているその様子がいつもと何ら変わりなくて、こちらの動揺も少し収まった。
「そうだな。それでこそ、正樹だわ」
そういう奴だからこそ好きになったし、これからもずっと好きでいると思う。
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