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春色ブラックコーヒー 1
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風が吹いた。
強い風に煽られ、桜の花びらが舞う。ふわりと草花の爽やかな香りがした。
麗らかな春である。
校門から校舎へと繋がる一本道には、桜の花びらがひらひらと散り落ち、幻想的な桃色の絨毯ができている。が、そんなことはどうでもいい。
満開の桜並木に囲まれた新入生たちが感極まった顔で上ばかり眺めて立ち止まる中、俺はその合間を縫うようにして早足で歩いていた。
あいにく、自然の情緒に浸る美しい心は持っていない。それより一刻も早く校舎内に入りたかった。人混みも日光も苦手だ。叶うことならば一生部屋にこもって一人で生きていきたいと思うくらいには。
ぼんやり突っ立っている奴らを緩慢にかわして進んでいくうち、ふいに右肩に何かがぶつかった。強い衝撃にたたらを踏む。
見上げれば、俺より頭2つ分ほど背の高い男が三百眼気味の目で睨んでいた。新入生全員が校舎へ向かって行く中、何故かこいつは校門の方へ歩いてきたらしい。
「何だてめぇ」
男のドスのきいた声に、ざあっと周りから人の波が引いた。しかし気にはなるのか、遠目にチラチラと視線を感じる。見てねーで助けろよ。または人を呼べ。
大体ぶつかってきたのはそっちなのだが、俺は早く室内に入りたかったので、黙したまま横を通り抜けた。
「おい、ちょっと待て」
途端、ものすごい強さで腕を掴まれた。握り潰す気か。力任せに腕を振って振り払う。
「ぶつかっておいて謝罪の言葉もなしか?」
しつこい男だ。顔をしかめつつ、手短に答える。
「ぶつかってきたのはそっちだろ」
「てめぇ、喧嘩売ってんのか」
「うるさい。そっちこそ謝れば?」
「ああ……?」
男は怒りに顔を歪め、握った拳を震わせた。
男の腕の筋肉がぐぐっと持ち上がる。俺に殴りかかろうとしているらしい。
いっそ、このまま喧嘩でもして色々と発散するのもいいか、と投げやりに考えたが、すぐに思い直す。目撃者が多いこの場で問題を起こすのは後々面倒そうだ。
逃走経路を確保しようと視線だけで見回す。だが、遠巻きに取り囲む新入生たちが邪魔で、動けそうにない。思わず舌打ちした時、
「お前達! 何をしている!」
鋭い声がその場を切り裂いた。
救世主よ!とでも言いたげな顔で、固唾を飲んで見守っていた新入生たちが一斉に振り向く。
腕に黄色の腕章を付け、ブレザーの制服を模範的に着た男子生徒達数名が走って来た。
「くそっ、風紀か。……覚えてろよテメェ」
「待て鬼柳(きりゅう)!」
鬼柳と呼ばれた男が振り向けば、その眼光に怯んだのか、生徒たちがさっと道を開ける。その間を抜けて走り去って行った。随分素早い逃げ足だ。常習犯かよ。
腕章を付けた生徒らは「また逃げられたか……」と歯噛みしつつも、そちらを追うのは早々に諦め、次なる獲物……ではなく俺の方へジリジリと近付いてくる、気がする。
やはり逃げるには人が多過ぎるので、仕方なく両手を上げた。俺は犯罪者かよ。
風紀を守っているとは思えぬ、獲物を前にした肉食獣のような目に、思わず顔を引きつらせた。
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