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誤算.1
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ーーーー始まりは、ほんの2週間前。
ーーーー
「……転校生?」
「あぁ。どういうわけかしらねぇが、明日くるんだと」
「ふーん?どーでもいいけど、りじちょーってば、急過ぎー。なんかある感じ〜?」
本当にどうでもよさそうに、片手でペンを弄びながら、会計の音川薫が呟いた。
その声につられるように、手元の書類に目を落とす。
「…………相沢、瑆」
薫の言っていることは最もで。
転校生がくるとなれば、普通ならこんなに呑気ではいられない。
書類作成や、部屋の割り振り、テスト結果に基づくクラス分け等、思い浮かべただけでうんざりするほど、やることは山積みだ。だから通常であれば、少なくとも2週間前には通知がくることになっている。
にも関わらず、今回は前日に通知といういい加減さ。
ましてや、それらの雑務を全て理事長が手ずから行ったというではないか。
いったい、こいつは何者なのか。
いくら手元の書類を眺めようが、無論答えは出てこない。
書類にのる写真に写っている転校生は、いささか癖が強いと言う他ない。
厚ぼったい黒髪に目元は覆われ、レンズの分厚いメガネだけが、前髪の下から僅かにのぞいている。
そんな、よく言えば地味、率直に言えば少々薄気味の悪い格好をしていた。
ひょい、と横から写真を除きこんだ副会長の野上伸也は、あからさまに嫌そうな表情を浮かべた。
「……うっわ、信じらんねぇ。こいつ、清潔感って言葉もしらねぇのか?」
響いた声は、全くと言って良いほど、温度を含んでいない。
……まぁ、わからなくはない。
写真に写る様子は、野暮ったいとか地味という次元を超えていて、近寄りがたさすら漂っているから。
けれど、副会長様が言ったとなれば、話は別だ。
外にいる時の王子様然とした伸也しか知らない生徒や教師が見れば、卒倒することだろう。
「……いつも通り、案内は頼んだぞ」
「はぁぁ、マジかよ。ありえねぇ。まぁでも仕方ねぇか、こんな仏頂面が言ったらビビって話にもなんねぇかもしれねぇもんな」
伸也が馬鹿にするようにこちらを見下ろしてくるのを感じて、軽く視線をあげた。
「そうだな」
確かに、無駄に猫かぶりのうまいコイツに比べれば、俺は遥かに無愛想だろうし、優しくするつもりも自信もない。
しかし、そんな端的な肯定さえも気に入らないのか、伸也はその整った顔をさらに歪め。
「………けっ」
小さくひとつ悪態をついて、席に戻っていく。
「……………」
「……………」
「……………」
そうして一度沈黙が訪れてしまえば、誰かがもう一度口を開くことはなく、ただ作業をする音のみが部屋を支配する。
ーーーーそう、この生徒会。
いわゆる“人気投票”で選ばれた者で構成された、寄せ集めではあるのだが。
「…………………」
如何せん、仲が悪い。
やはり、注目される者は一癖も二癖もあるらしく。
お互いにお互いが気に入らない。
ゆえに、必要以上には干渉しない。
そんな暗黙の了解が、ここにはあった。
中でも役員は俺のことが特に気に入らないらしく。
俺が口を開くたび、会話は大抵険悪になり、やがては沈黙に行き着く。
……めんどくせぇ。
そう思わないわけではないが、仕事に支障がないなら別にどうでもいい。
波風を立てたいわけじゃない。
が、必要以上に歩み寄る必要性も、感じない。
だから必要以上に関わりあうつもりはなかった。
俺たちがここにいるのは、俺たちが、"生徒会役員"だからであって。
それ以上でも、それ以下でもないのだから。
だから、触れず、関わらず、適切な距離を保って、義務を果たす。
それだけで十分だ。
キーーーーンコーーーンカーーーーンコーーーン。
沈黙を切り裂くように鳴り響くチャイムに顔を上げれば、時刻は最終下校時刻を指していた。
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