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思惑.8
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最悪な気分で始まった1日は、けれど、信じられないほどいつも通りに通り過ぎていく。
「これ、確認お願いします」
「あぁ」
「これも〜」
「あぁ」
黙々と作業を続けていく。
武川にはああ言ったが、光毅と柴山はあくまで手伝い。1人でやっていた時とは比べ物にならないとはいえ、本当はそこまでの余裕はない。
いくら優秀でも、他の奴らがすぐにとって変われるほど、甘い仕事ではないのだ、これは。
けれど、何かに没頭している間は、余計な感傷に浸らずに済むから。
丁度いいといえば、丁度良かった。
「…………けほ、」
すぐ隣で押し殺したような咳がきこえて、ふとそちらに視線を向ける。
すると、薫が口元を押さえて、肩を揺らしているのが目に入った。
…………体調が悪いのか?
昨日は大雨だったと言うし、体を冷やしたのかもしれない。よく見てみれば、なんだか顔色が良くないような気がした。
「…………」
そして、そこで言葉に詰まる。
嫌いな俺にここで気を使われて、果たして薫は素直に休むだろうか。いや、恐らく休まないだろう。
いつものように、感情の読めない笑みではぐらかしてしまう気がした。
手元の時計と、手元の未だに分配されていない書類を見比べる。
ーーーこの程度ならどうにかなる。
「…………おい」
静まり返っていた空間に、その声はよく響いた。
集まる視線から目を逸らしたまま告げる。
「今週は早めに仕事回してたから、もう今分配してる分で終わりだ。おわったら各自帰っていいぞ」
「……それ、本当か?」
「嘘つく意味ねぇだろ」
何かを感じ取ったのか、伸也は疑わしそうな声を上げたが、それ以上の反論材料はなかったのか、あっさり引き下がる。
「……じゃあ、会長も一緒に寮帰りましょうよ」
予想外の提案にそちらをむけば、柴山がニコニコと笑みを浮かべていた。妙に鋭い柴山のその笑顔は、全てを見透かしているようで、居心地が悪い。
今も、俺の考えを全て読んだ上でそう言った可能性すらある。
「俺はもらった分の確認をしたあと、用事がある」
「……そうですか、それじゃあ仕方ないですね。でも、今度は一緒に帰ってくださいね」
けれど、思いの外あっさりと引き下がったことに安堵する。
…思い過ごしだったか。
その後は、俺以外はあっさりと仕事を終わらせて、解散になった。
そのまま、柴山に言った通り、もらった書類の確認をした。
といっても全員優秀なため、ミスなんてほとんどない。
10分弱で終わったそれに、ふぅと息を吐いた。
時計を見れば、まだ6時前。
倒れて以来、バイト先の店長にも心配されて、少しシフトを削られてしまった。
もうあんなことはないといっても、聞き入れてもらえず。
『そんなにお金に困っているなら、時給を上げるから』
人がいい店長にそこまで言われて、要望を貫けるはずもなく。
流石にその申し出は受け入れられないため、週に1日多く休みを作り、遅番を減らすというところで、お互い妥協した。
そして幸運にも、今日はその休みの日だ。
「……やるか」
少なくはない書類の山。
けれど、1人でやっていた頃に比べれば、やはりなんてことはない量だ。
その、はずだ。
久しぶりの1人の生徒会室は、不気味なほどに静かで、なんだか薄暗く思えて。
少し前に戻ったような、そんな感覚すら覚える。
とめどなく溢れてくる無駄な感情を、ひとつ頭を振って吹き飛ばす。
どうせ、仕事に打ち込めば忘れられることだ。
こうやって何かに邁進して、いつも通り現実から目を逸らせばいい。
ーーーーそれが、俺にはお似合いだ。
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