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思惑.10(side.音川)
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そして、それは一瞬のことだった。
ドーーーーン!!!
「ッ!!?」
「!」
突然部屋の中に響いた轟音。
それまで涼しい顔をしていた会長の目が、こぼれ落ちてしまいそうなくらい見開かれた。
ひゅ、と息を飲む音が聞こえた次の瞬間。
「わっ、」
「ッ!!」
今度は生徒会室についていた明かりが消える。
そこでようやく、近くに雷が落ちたのだと理解する。
いくら夏が近づいてきているとはいえ、この時間になれば、電気のついていない部屋の中は真っ暗だ。
「…………びっくりしたね〜」
そう呟いて、それまで掴んだままだった会長の肩から手を離した。
なんだか肩すかしを食らった気分だった。
けれど、あんなに昂ぶっていた苛立ちはもうきれいさっぱり消え去っているのだからどうしようもない。
落雷の衝撃は、オレの怒りまで砕いてしまったらしい。
「………………」
どうせ見えはしないとわかりながらも、会長がいるだろう方向に視線を向けた。
こんなに絶妙なタイミングで雷が鳴るなんて、会長は神様にまで好かれてるんじゃないだろうか、なんて馬鹿みたいなことを考える。
……まぁでも、会長が本当に神様のお気に入りだったとしても、なんの不思議もないんだけど。
そのままくるりと方向を変えて、暗闇の中を進んでいく。
「か、おる…………?」
そして室内に響いたその声に、思わず首を傾げた。
「…………?」
そのどこか儚い声で紡がれた"かおる"と、自分が結びつかなくて。
そしてその逡巡の間に、儚い声はより一層頼りなく震える。
「どこ、いくん、だ……?」
そこまできてようやく気付いた。
どうやら彼はオレを呼んだらしい。
会長が自分のことを下の名前で呼んでいたことに、初めて気が付いた。
"てめぇ"と呼ばれているイメージが強かったからだろうか。自分が彼になんと呼ばれているかなんて、考えたこともなかった。
過去に思いを馳せてみても、これといって思い当たる記憶はない。
けれど、それも考えてみればなにも不思議はない。
だってオレはいつだって、気に入らない彼から、そして彼をどうしても意識してしまう自分から、目をそらしていたから。
オレは"なんでも持っている"会長のことは知っていても、"椿屋響介"がどんな人間かはほとんど知らない。
…………そういえば、オレ、会長の名前よんだことあったっけ。
なんて、そこまで思考が及んでから、ハッと我に帰った。
一体どうしたんだろう。
いつもならこんなこと、気になりもしないのに。
奪われた視覚のぶん、他の機能が働いているのだろうか。
それとも熱のせいで、思考が不安定になっているのかもしれない。
なんだかいやにざわめく心には、また気付かないふりをする。
「かお、る…………?」
「あ、ごめーん。ぼーっとしてた。ブレーカー探しに行こうと思っただけだよ〜」
響いた自分の声は、いつも通り薄っぺらい。
不必要に平静を装う自分はなんだか滑稽だった。
「………………そ、うか。でもおまえ、熱あ、んだろ。おれ、が、いくか、ら 」
不自然な切れ目を持って紡がれる声。
それに疑問を抱くよりも先に。
ヒュ、と鋭く息をのむ音が聞こえて、そこで言葉が完全にとぎれた。
「………………カイチョー?」
流石に様子がおかしいと再び手探りで引き返せば、会長がいるらしき方向に近付くほどに、荒い呼吸が聞こえてくる。
……っていうかこれ、
「は、ちょ、カイチョー!?息吸って!!!」
息が荒いなんて生易しいものではない。
それが過呼吸なのだと気付いて慌てて駆けよろうとするも、暗闇がここにきて邪魔をする。
焦燥感と苛立ちに苛まれながらもすすめば、ふと何かに手がぶつかって。
「………………!」
そのあまりの冷たさに、今度はオレが息を呑んだ。
おもわず引っ込めようとした腕は、その冷たい物体に力強く掴まれ、引き寄せられる。
「ッ……、、ぅ、………… ハ」
冷え切っているのに、しっとりと湿ったそれは、会長の苦しそうな声と連動して僅かに動いていて。
それが会長の手なのだと認識するころには、体が勝手にしゃがみ込んで、会長の背中をさすっていた。
「だいじょーぶだから、ほら、すってー。はいてー。
オレの息にあわせてー?」
これ以上ないくらい動揺しているのに、感情から目を背けるのになれた体は、勝手に動いてくれる。
「っ、は、ぁ…………ふっ…………」
「撫でるのに合わせて、息吸ってみよっかー。はい、すってー…………」
息を吸おうとするたびに苦しそうに喉から溢れる音が、痛々しかった。
聞いているこっちが苦しくなってしまいそうなくらい。
なかなか治らないそれも、根気よく続ければ、どうにか少しずつ治ってきて。
そうして随分時間が経てば、闇になれた目は、少しずつ情報を拾い始める。
少し明瞭になった視界で、自分の顔のすぐ近くで上下する頸を見つめた。
視界とともに戻ってくる現実感は、けれどこの光景とは結びつかなくて。
……………本当に、これは会長なのだろうか。
うずくまって苦しそうに呼吸をする会長のこんな姿、一体誰が想像できるだろう。
反則級になんでもできて、いつでも余裕で、唯我独尊で、けれどカリスマ性のある人物。
それが、この学校での"椿屋響介"の定義だ。
そして彼はいつだって、それを裏切るような行動はしてこなかった。
涼しい顔で、求められたことを、求められたようにこなしていく。
会長は、どこまでも自分の地位や名声に無関心だったけれど、それでもやはりどこかでその定義に縛られていたのだろう。
オレは、そのうちの少なくとも1つが間違っていることを知っていたけど。
それでもこんな姿は、想像できなかった。
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