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歪み.1(side.犬飼)
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こどもは、好きだ。
動物も。
五月蝿くて、煩わしくて、だからこそ愛おしい。
時にぞっとするほどに、無邪気に残酷で。
けれどいつだって真っ直ぐにぶつかってくるそれは、俺が唯一心を許せるものだ。
「にゃーお」
この手にある餌に釣られてわかりやすく媚びてくる猫も、刹那的な欲求につられて寄ってくる犬も、どうしようもなく愛らしい。
必ず理由を持って、気の赴くままに行動する彼らは、わかりやすくてシンプルだから。
寄ってきた猫を柔らかく撫でていれば、俺を呼ぶ声がした。
「修!!!!!!」
不必要な程に煩い声は、正直好きではなかったけれど、それも耐えられる。
「…………なに」
その声に飛び上がるように逃げていった猫の温もりの残滓を、そっと手のひらに閉じ込めて、そちらを向く。
「急にいなくなるなよ!!!心配するだろ!!!」
理不尽な言葉だって、仕方がない。そういうものなのだ。
ーーーだって彼は、"こども"なのだから。
その分厚い眼鏡の奥に隠された顔は、一体どんな表情を浮かべているのだろうか。
いつも通りを装うその声に滲む、隠しきれない苛立ちと焦りを、それこそ"こどもらしく"表しているのかもしれない。
「……そうだな、ごめん」
「…………わかればいいんだ!」
僅かに覗く口元を釣り上げて笑ってみせた瑆が、心の底からそう思っているわけではないことなんて、火を見るより明らかだ。
「ああ、次から気をつける」
それを裏付けるように、柔らかく撫であげた頭は、不安をすり潰すかのように、添えた手に押し付けられた。
この頃瑆は、俺から離れようとしなくなった。
あの2人と俺を味方につけていた頃の瑆は、いつだって強気で、余裕で。
新しいおもちゃをもらったこどものように、俺たちを所有したがり、ひけらかしたがった。
それだけでは飽き足らず、めぼしい人物を見つけては声をかけて、こちらを省みる暇もなく、あちらこちらを飛び回っていた。
高飛車で、傲慢で、自分勝手。
そう言われても仕方がないだろう。
けれど一方で、そんな傲慢さと、無邪気さは表裏一体。
誰より自分勝手な行動を示す瑆は、その分誰よりも純粋に無邪気だった。
その無邪気さは、時に一等煌めきを放って、異様に人を刺激する。
もういない生徒会の2人がなにを考えていたのか。それは俺の預かり知るところではないが、少なくともその純粋さが、多少なりとも俺たちを引き付けたことは、恐らく揺るがない事実だろう。時に俺でも驚くほど、毒気のない表情を浮かべていたから。
ぎり、と歯をくいしばるような音がして隣を見れば、瑆は僅かに覗く口元を、噛み切ってしまいそうなほどに強く噛み締めていた。
「…………きれる」
そっと手を伸ばして口元をなぞれば、ハッとして、きまずそうに力を抜く瑆。
それは、まるきり自分の計画が頓挫して、癇癪を起こす子供のようで。
それでも。
自分勝手でも、その純粋さの源流が、俺とは程遠いところに存在しているとしても。
俺は、このわがままな一等星のことが嫌いではないのだ。
わかりやすくて、未熟で、純粋。
いっそ不気味に思えるほどの純粋さも、俺にとってはそれくらいが心地いいから。
「……俺は離れていかないから、大丈夫」
癇癪を起こしたこどもに、諭す言葉を告げることに意味はない。
それでも、無意味だとわかりながらも、俺は今までずっと忌避してきた未来の約束をする。
瑆には、この言葉の重みなんて、わかりはしないだろうけど。
……でも、だからこそ、瑆がいい。
案の定瑆は、「当たり前だろ!!!」なんて言いながら、それでも不安そうに唇をひき結んだ。
ーーーーーーー
打算も計算も、犠牲も嫌いだ。
見栄えを気にして、体裁ばかり整えた空っぽな家庭。
俺が生まれたのはそんな場所だった。
「いってらっしゃい、あなた」
「ありがとう、いってくるよ」
そう言って笑い合う彼らが、その後にどんな表情をしているのか。
周りに見られて仕舞えばいいのにと、なんども思った。
「もういやよ」
そう言って一人でなく母親を、何度も見てきた。
それでも彼女は、そこから逃げられなかった。捨てられなかった。
「俺の言うことが聞けないのか」
大人の世界という鎖に縛られた父親が、俺たちだけの世界で権力を振りかざすのを、何度も見てきた。
彼は、そういう男だった。
ーーーーどうして人は、そのほうが不幸せになると知っていながら、見栄えという鎖に、世間の常識に縛られていくのだろう。
他人の評価と引き換えに、自分の真の幸せを投げ出すなんて、愚かにもほどがある。
人生は一度きりなのに、"自分が幸せになる選択肢"を選ぶという、幼子や犬猫ですらできるようなことが、大人にはできない。
なんて非合理的で、胸糞悪いのか。
だから、見せかけに囚われた、腹のなかにいちもつかかえたような人物は、嫌いで。
ーーーー『ごめんなさい、もう耐えられないの』
自己満足でしかない、犠牲の精神は、もっと嫌いだ。
だから、彼のことはもう随分前から、大嫌いだった。
なにを考えているのかわからない、その行動も。
あっさりと汚名を被るような、そんな心根も気に入らなかった。
綺麗な自己犠牲のつもりなのだろうか。
ひとりぼっちになって、苦しんで、そうして後悔すればいい。取り返しのつかないことになってから、自分のその行動の愚かさを、身をもって学習すればいい。
そう思ったのに。
ちらりと見上げた、かつて自分の居場所だった、あの部屋の窓。
そこから見える彼は、未だ沢山の人間に囲まれている。
けれど、それは間違いだ。
「…………椿屋響介。」
呟けば、視界の端にある肩が、わかりやすく揺れた。
そう、動機はきっとちがうだろうけど、俺と彼の利害はきっと一致している。
なぁ。
ーーーー世界がそんなに甘くはないこと、教えてやるよ。
ーーーーーー
またしんどいキャラの登場…… ( ∩ˇωˇ;∩)
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