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歪み.11
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目を、覚ます。
微睡む。
目を、覚ます。
短時間にあまりに頻繁に繰り返されるそのサイクルが続けば、どうしたって体力は奪われていく。
「…………はぁ」
枕元にある時計をみれば、時刻は午前3時。
ベッドに入ったのがつい2時間前だと計算して仕舞えば、重たい脳みそはいっそう重くなるのに、目は一気に冴えていく。
うんざりするくらい寝られないのは、もうこの時期では当たり前のことで、けれど今年はそれに拍車がかかっている。
もぞりと寝返りをうつも、これ以上足掻いてみたところで寝られないだろうことは明白で。
諦めて起き上がり、軽く身なりを整えてから、いつものように部屋のドアに手をかけた。
向かう先は、ひとつ。
カチャリ。
そんな軽い音をたてていつも通り開いたドア。
しかしそれとは裏腹に、ドアの前に広がる光景は、
「ッ……………!?」
反射でドアを閉めようとしても、もう遅く。
ダンッ!!!
そんな乱雑な音に遮られて、ドアが閉まり切ることはない。
「………何の用だ」
「それはこっちの台詞だな、こんな時間に何の用があって外に出るんだ?」
「……俺の勝手だろ、てめぇには関係ねぇ」
そう言い切って、渾身の力でドアを閉めようとしても、それは叶わない。
「……関係なくはねぇな」
他でもない、一番会いたくないあいつの手で、遮られているから。
「頼ってくれって言っただろ」
「………………」
「まぁ、あれだけ無茶し通してたお前が、俺に頼るなんて期待してなかったけどな」
「……頼る必要が、ねぇからな。いいから、帰れ。時間を考えろ、迷惑なんだよ」
「こんな時間に出かけようとしてたやつがよく言う」
「いつ何をしようが俺の勝手だ」
「じゃあ、俺もそのはずだよな?いつ、どこにいようが、俺の勝手だ。そもそも、お前が部屋から出て来なきゃ、俺はお前に会うこともなかったわけだしな?」
「……………はぁ?」
じゃあなんだ、こいつは俺がくるまで、出てくるかもわからない俺をじっと待ってたとでも言いたいのか。
不意打ちに力が緩んだ隙を見計らって、あいつーーー武川は、部屋に入ってくる。
「ッ、おい」
「いいから、来い」
後ろ手に鍵を閉めた武川は、勝手知ったるとでもいいたげに俺の手を掴んで、部屋の中に入って行く。
ーーーその体温と後ろ姿に、どうしたって安堵を覚える自分に、苛立ちが、不安が募ってくる。
「はなせ!なんなんだ、てめぇ」
感情に流されるように声を荒げて抵抗すれば。
「うるせえ」
聞いたこともないような、苛立ちのこもった声が返ってくる。
反射で跳ねた肩に気づいたのか、ハッとこちらを振り返った武川は、気まずげな顔をした。
「……悪い」
そんな謝罪の言葉に、より一層苛立ちがます。
何故こいつはこんなにも俺の内側を揺すぶるのか。
………………何故俺はこんなにも、揺すぶられてしまうのか。
そうして瞬く間に寝室に引きずり込まれ、いつかと同じように、ベッドに乱雑に押し倒される。
「なんの真似だ」
上から見下ろしてくる武川の目を見たくなくて、目をそらしてそう問えば。
「………………お願いだから」
予想だにしない、か細い声が聞こえた。
思わず武川に視線を投げかければ、その声に違わず、泣きそうな顔をするあいつがいる。
「お願いだから、もっと自分に優しく生きてくれ。お前、本当にいつか壊れそうで見てらんねぇよ」
じゃあ見なきゃいい、なんて、突っぱねようとして。
だけど深く傷ついたような武川の目が、そうすることを躊躇わせる。
「…………この間、お前が言った通り。俺は情けないことに、こうなる前のお前のことなんて、全然しらねぇし、知ろうともしなかった。だから、今のお前がどうだって言える資格はない。わかってる、わかってるけど、自分勝手だって自覚してるけど、それでも
…………お願いだから、これ以上無茶しないでくれ」
そう言って肩に寄せられた頭を、為すすべもなく受け入れる。
ーーーー一体何が、こいつにここまで言わせるのだろう。
投げられた言葉も、それに伴う感情も、一周回ってしまって、頭に浮かんだのはそんなことだけだった。
「…………なんでおまえは、俺をそこまで、きにすんだよ」
そして、久しぶりの温もりに溶け始めた理性は、気付けば思考をそのまま吐露していた。
その声が湿り気を帯びているのを、どこか他人事のように感じながらつくづく思う。
ーーーああ、手遅れだ、本当に。
ぴくり、と肩に乗せられた頭が動くのを感じながらも、ぬるゆると瞼が落ちて行くのが、わかる。
………………まただ。
意識しなくたって、現実に縛られるはずの意識。
それが、こいつがいるというただそれだけで、いとも簡単に眠りに引きずり込まれてしまう。
抵抗したって、現実に止まるのが困難な程に。
そのくらい、どうしようもなく、こいつの存在に安心してしまう。
ーーーーまるで麻薬のようだと、そう思った。
それがある間は、その効用が及んでいる間はそれでいい。
それに身を委ねるのは簡単で、委ねて仕舞えば、不安も嫌な記憶も、全て忘れられるのだろう。
けれどそれは見る間に侵食して、そうしてそれに依存して、いつかは自分で無くなってしまう。
突っぱねて、逃げて、手放そうとして。
それでも結局はこうして抗えない。
俺はきっとこいつに、依存している。
肩が急に冷たくなって、武川が頭をあげたのだと気付きながらも、もう目を開けることができない。
それでもどうにか答えだけは聞き取ろうと研ぎ澄ませた意識に響いたのは。
「………………何でだと思う?」
今までで一番泣きそうな、そんな声だった。
何か言ってやろうと思ったのに、もう言葉を発することすら億劫で。
それを察したかのように、ゆるりと一度、優しく髪をかき混ぜられた。
「………………おやすみ」
最後に聞こえたその言葉と同時に。
今までより一層体を包み込む温もり。
ーーーー額に、何かが触れるのを感じた気がした。
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