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亀裂.10
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「だ……ら、なんで……!」
足を進めるにつれ、鮮明に聞こえてくる声。
やはりどう考えても穏やかではないそれに、一層足を早めた。
「…………は、」
階段を駆け上がりながら、普段よりずっと早く切れる息に、苛々する。
何故こんな時に限って、俺の体は言うことを聞かないのか。
…………こんなとき、あいつがいたら。
きっと、颯爽と駆けつけて、あっという間に場をおさめるのだろう。
素早く状況を見定めて。
一番必要な措置を取って。
しっかり、全員の意見を聞いて。
ーーーーそんなこと、俺に、できるのか?
ふとよぎったのは、そんな不安。
他人と自分を比較したり。
何かに物怖じしたり。
そんなことは、もう随分長い間忘れていたのに。
「…………く、そ。…………はっ、…………だ、からそんな場合じゃね、ぇ、っつうの……は、」
こんな時に限って無駄なことを考える脳みそにもまた、嫌気がさして。
「できるかじゃねぇ、やるんだよ」
どうにかかき集めた"自分"にすがって、ひたすらに階段を登り続ける。
今、不安になってどうする。
今、比較してどうする。
あいつなら俺より上手くやれたとして、現実問題、あいつはここにいねぇんだ。
"もしも"の仮定に、意味はない。
幸いにも、先程からポケットで振動するスマートフォンは、あいつがメールに気付いただろうことを示している。
だから、繋ぎでいい、あいつがくるまででいい。
ーーーーー「おい、テメェらなにしてる」
俺がすべきことを、すればいい。
ーーーーーー
小さい影が集まる踊り場。
かけた声に、ざわり、空気が一層動くのを感じながら、ざっと人数に目を走らせた。
…………想定していたよりも、多いな。
パッと見ただけで、正確ではないものの、30人程はいそうに見える。
「…………"会長様"が、何の用ですか」
そんな、冷え切った声にふと顔を上げれば。
「…………佐野?」
そこには、冷ややかな目でこちらを見据える、見知った顔が立っていた。
丁度、会長に就任した頃だったか。
『副隊長に就任させていただきました、佐野ですっ!』
一際小さなからだに、大きな瞳を煌めかせて挨拶してきたのが、印象的だった。
「………………僕のお名前、ご存知だったんですね」
名前を呼べば、わずかにたじろぎはするものの、冷たい態度は崩れない。
「……挨拶に来てただろ」
そういえば、今度はわずかに目を見開くものの、それも一瞬のことで。
「…………そんなことは、どうでもいいんです。単刀直入にお伺いします」
「…………なんだ」
「貴方が、犬養様を謹慎させたというのは、本当ですか」
その言葉で、納得した。
……成る程、この集団の半分は、書記親衛隊というわけか。
集団の中でも、とりわけ強い憎悪を向けてきている生徒達が、おそらくはそうなのだろう。
めいめいに曇った瞳でこちらを見据えてくる中。
ただ一人、鈴原だけが、まっすぐに澄んだ瞳でこちらを見ていた。
「…………そうだ」
それに気まずさを感じながらも肯定すれば、再び空気がざわめく。
「……信じられない」
「都合が悪くなったからって、あんなに頑張っていらっしゃった書記様を……」
「なんでこんな人が会長に……」
それぞれが思い思いの言葉を吐く中で。
「だからっ!やめてください!」
それでも一人、反抗する小さな影。
「……おまえっ、」
何故こんな不利な状況で、声を上げるのか。
苛立ちに任せて睨みつけても、鈴原は怯まない。
「貴方たちは、なにをみてるんですかっ!なにを見てたんですかっ!!」
「はぁ?!」
「どういう意味?」
「会長は、ずっと仕事してました!一人になっても!誰も来なくなっても!皆が会長のことを信じなくても!
ずっとずっとずっと!」
そう叫びながら、はらはらと涙をこぼす鈴原に、周りが動揺するのがわかった。
「は?なんであんたが泣いてんの?意味わかんないんだけど……」
心底困惑したようにそう告げた1人を、鈴原は睨みつける。
「そんなの、決まってるでしょう!
…………会長のことが、好きだからですよ!!!!」
それは、校舎中に響くのではないかと、そう思うくらいに大きな叫びだった。
「おいっ!鈴原!やめろ!」
これ以上反感をかって、どうするつもりだ。
そんな思いを、汲み取っていないわけではないだろうに、鈴原はとまらない。
「ずっとずっと、憧れてたんです。名前を知る前から、最初に助けられた時から。
見るたびに、憧れて。見るたびに、好きになって。
知ってます。他でもない自分のこの目で、会長を見続けてきたから。噂の真偽くらい、わかります。皆さんはどうしてわからないんですか!!!」
一人喋り続ける鈴原を、不思議と誰も止めなかった。
辺りは不自然に静まり返って、誰一人として口を開かない。
「皆さんは、見たんですか?!会長が、サボっているところ、親衛隊をこき使ったところ!
友達が、先輩がじゃないです!!あなたの、その目で!
見たんですか?!」
「そ、それは!」
「でも!!!」
「大体、転校生とずっと一緒にいた他の役員に、仕事なんてできたはず」「もうやめろ」
後ろから口を塞げば、鈴原はハッと、我に返ったような顔をした。
「…………落ち着いたか」
「…………はい、熱くなりすぎました。すみません」
ようやく訪れた静寂に、ほっと肩の力を抜く。
鈴原が完全に落ち着いたのを悟り、再び少し距離をとった。
…………初めからこうすればよかった。
そんな苦い後悔はあるものの、パッと見た限りでは、想定していたほど激昂している者も、害意を示す者もいない。
ただただ皆が俯いて、気味の悪い静寂が広がっていた。
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